耶馬英彦

フューチャー・ウォーズの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

フューチャー・ウォーズ(2022年製作の映画)
4.0
 邦題の「フューチャー・ウォーズ」は未来の戦争みたいで、激しいアクションものを想像させるが、実際の中身はSFコメディである。原題の直訳を少しひねった「未来のお尋ね者」がよかったとおもう。
 流石に哲学の国フランスの映画で、ストーリーは思考実験みたいだ。タイムパラドックスという単語が一般名詞みたいに扱われるが、知らない人もいると思う。簡単な例を出すと、過去を悔いた人間がタイムマシンで過去に戻って自分を殺す。しかし過去の自分を殺したら現在の自分は存在しないから、殺せないことになる。そんな感じの矛盾がタイムパラドックスだ。SFではおなじみの言葉である。

 本作品の製作陣は、よほど原発が嫌いらしい。メイドインチャイナの原発が登場する。取扱説明書は広東語で書かれていて、中国の原発専門家は北京語しか理解できない。ちなみに広東語で「無問題」(モーマンタイ)は北京語(普通話)では「没問題」(メイウェンティ)と言う。ジャッキー・チェンが映画で話しているのは広東語だ。香港の言葉である。
 知り合いの中国人で北京や上海出身の人は、広東語はわからないと言う。しかし香港の人は北京語が理解できる。東京の人は訛のきつい方言が理解できないが、地方の人は東京弁が理解できるのと同じだ。北京語と広東語の違いを理解しているところをみると、製作陣は原発は嫌いだが、中国のことはさほど嫌いではないようだ。欧米で活躍する中国人はたいてい広東語を話すから、取説が広東語なのも頷ける。

 笑えるシーンが多い作品だが、人類の未来についてのさりげない、しかし真面目な示唆がふたつある。ひとつは、過去の人間のひとりの行動を変えても、悲惨な未来になるのは変わりがないということ。誰かが代わりに未来を壊す役割を果たす訳だ。未来を変えるには、社会構造やコンセンサスを変える必要がある。これはかなり重要な示唆だと思う。
 もうひとつは、ロボットについてだ。悲惨な未来に存在する人間は、すでに死んでいる存在である。つまりゾンビだ。ということは、健全に存在しているように見えるものは、人間ではないということである。未来では、機械が人類や地球を憂うのだ。このあたり、実にエスプリが効いている。
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