耶馬英彦

マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッドの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

4.0
「人類の歴史は征服の歴史だった」と、マリアは言う。そして「と同時に、解放の歴史でもある」と続ける。女性が解放されるためには、まず女性たちが自分自身を解放しなければならないことを、彼女は痛感しているのだ。

 本作品は原題の「La nouvelle femme」(直訳=新しい女性)の通り、彼女の人となりに焦点を当てた映画だから、教育方法に関する具体的な話はほとんど出てこないが、モンテッソーリ・メソッドは世界的に有名である。
 子供たちが道具を使って遊んでいるシーンがある。「あれは遊んでいるんじゃないの、作業をしているのよ。道具の使い方を直感的に理解して、並べ替えたり、整理したりしているの」と、マリア本人が解説している。環境に五感で触れることで、脳の働きが向上するから、直感的な理解に繋がる。
 人間は基本的に作業が好きだ。遊びのほとんどは、言ってみれば作業である。子供たちに作業をさせて、作業興奮と達成感を味わわせることで、効率的に知能の向上を図るのだ。幼児教育の他に、現代企業のOJTでも使われている。

 本人の人となりはと言うと、大学を首席で卒業するほど成績優秀、それに眉目秀麗の完璧な女性だったらしい。ただし結婚観は独特で、女にとって結婚は、相手の所有物になることだという台詞がある。独特ではあるが、もしかしたら100年前はみんなそう思っていたのかもしれない。独特ではなかった訳だ。
 なにせ婦人参政権が認められたのでさえ、多くの国で第二次大戦後である。女性の権利は、びっくりするほど限定的だったのだ。日本も例外ではない。平塚らいてうが「元始女性は太陽であった」と看破しても、伊藤野枝が虐殺されても、女性解放運動が国民的な盛り上がりを見せることはなかった。平塚と同志であった市川房枝などの活躍により、婦人の選挙権と被選挙権が認められたのである。
 諸外国も似たりよったりで、現状維持を是とする社会と戦う、一部の勇敢な女性たちの活躍で、女性の解放が進んできた。何もしないで恩恵に預かっている女性たちは、過去の英雄たちの血の滲むような努力を知るべきだと思う。

 マリアは女性解放と教育に邁進する一方で、母としての覚悟も述べる。息子には喜びを、自分には苦悩をと祈るのだ。子供に対する愛情がここに極まれりというべき言葉である。教え子に愛情を注ぐことを教育の必須条件と宣言したマリアの哲学の源流は、そのあたりにあったのだろう。
 子供は大切だが、結婚制度で権利をスポイルされたくないマリアは、当時としては画期的であると同時に禁断でもあったシングルマザーの生き方を選ぶ。制度にもパラダイムにも屈しない、実に勇敢な女性であった。

 本作品は、伝説のシングルマザーを見事に描き出す一方で、時代に蹂躙されそうになっているシングルマザーのリリを対比させる。ふたりの関係がとてもスリリングで、両者それぞれの苦悩を浮かび上がらせることに成功していると思う。
耶馬英彦

耶馬英彦