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太平洋奇跡の作戦 キスカのニューランドのレビュー・感想・評価

太平洋奇跡の作戦 キスカ(1965年製作の映画)
3.8
✔『太平洋奇跡の作戦 キスカ』(3.8p)及び『永遠の0』(2.9p)▶️▶️
 太平洋戦争の再現に腐心の新旧2作の差。再軍備を画策していた安倍氏の思わぬ亡くなり方で、この国は、テロ類似へ取締·規制の強化、事件の悲惨さに惑わされての同情、が拡がり選挙結果からも右傾化してゆかねば良いが、とこの種の作品は見終わって整理しても、単純にスッキリはしない。
 『~キスカ』。この作品の高名はずっと聞いてて、怠け癖と時間調整がきかず(なかなか難しい。事実『三尺左吾平』すら傑作の少なくともこの半世紀人気衰えぬ石田民三の作でも、何やかやで40年間位再見出来ぬ)、やっと観れたが、黒がきっしりと締まり力あるプリント。オプチカル部が一部経年劣化も戦闘よりも、軍艦同士や岩礁への大接近すり抜けを始め、靄内などでの艦隊の存在感の円谷特撮は最良·最高レベル。内容や全体スタイルとも完全フィット·溶け合い、この作家の最高作ともいえ、味方兵救出作戦の類似ばかりでもなく、作品としてノーランの最高作『ダンケルク』を超え、スピルバーグの最高作『~ライアン』と肩を並べる。戦争要素盛沢山なら、俳優=男優も、東宝(やフリー)硬派·若手曲者系スター勢ぞろいで、いないのは池部·加山·宝田·高島くらいか。それになんというスケール。雪は人工か本物か·混ぜてんのか知らないが、また救出する5000人の1/5位は揃え高度に訓練されたエキストラの兵も素晴らしい。
 太平洋戦争時中期1943年7月、南太平洋に主力が移り、一旦·日軍占領後も戦略ないままに見捨てられ、玉砕が続く米国領のアリューシャン列島。次は、餓死か戦闘·玉砕かが迫った、5200人を残すキスカ島。参謀本部の方針に反し、あまりに不運不憫な彼らを見捨てきれず、自らの主力を南方戦線に協力させ、その分駆逐艦を補充させ、敢えてこれまで戦果を立ててない戦闘にはやらない水雷艦隊の親友を司令官に指名して、全員救出のケ号作戦を押し立てる第五艦隊長官。その期待に応え、無線傍受や島の兵移動察知を避け、島との交信を限定し、1日の限られた時間だけの浜集結を繰り返させ、濃霧の気象の見込みを利用しレーダーも潜り、長い列の艦隊を静かに進ませ、味方の接近接触·一部離脱も再編し、最接近しても霧あけてきて一旦退却、間置いて再度の出発を、根気と機を外さず続けてく水雷艦隊。嘗て一度だけ潜水艦が通った西ルートを選び、近付いてた敵艦隊は濃霧中の小島を日本艦隊と誤認·思い込み孤軍戦闘の間に、レーダーに引っ掛からない岸壁スレスレの綱渡り運航と司令官自ら指揮の大胆乗り切りで到着を果す。陸側も察知·応えてそこに移ってて、それからもごく短期乗船撤収に大成功。
 モノクロの島の地形·自然と統制取れた大群の移動とその緊迫を捉える、カメラの雄大さと締まり。海上·濃霧·相互危険接近·大胆操舵術とビジュアル、の掴み難くもリアルを越えた艦隊とその周辺の造型。血気に流行らぬキャラ·俳優のその分内面の結び付きの手応えと進行力。切返し·L·どんでん·90°変·キャラ間威勢付け·パースペクティブ·また視界遮り、の悠揚たるしかし内の緊張を失わない、映像·演技·音響。今に至る、未来に対しても有数の、戦争と人間の戦意を越えた戦いと勇気が、観る者に力と暖かさを与える、稀なる·そして王道の作。好戦·反戦でもない、極限を捌く、究極の人間味·人間性の発露。映画界にまだ力強いがあり、無理に作り上げた焦りや性急さがない。
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 21世紀に入り、作者·演者·メディアも戦争体験と断絶してきた、最近の作『永遠の0』。戦争に関する意識は、作り手の世代が移り、データだけは精密も、距離実感取れず、どんどん手前勝手になってゆき、ある場面はステロタイプで、ある場面は自分のロマンチシズム·想像力を思う存分羽ばたかせただけのものになり、カメラ位置や構図·可変速度·話法は際限なく持てるも、居合わせた者だけが持てる限定の線引を持てない。デジタル化や機材の機能性で、見かけの自由と自在さを獲得してくると、逆に映画メディアを超えた本物の視覚·感性のリアリティを欠いてくる。戦闘回避の公言と実行への軋轢の不足、本音の出し方の周囲への実際的配慮のなさ、体制の巨大さと複雑さの実体の欠落、回想の余りの鮮明さ、世代や時代の離れが存在しないかのような一気感化·熱化、それらがあってこその、ストレートに酔わす感動提供を狙えたとなるのかもわからないが、事実·現実の細部が弱い作は、その場限りの没入となる。
 祖母の死に際し、祖父は2番目の夫、血の繋がった実の祖父を、関係生存者を訪ね、探ってゆく姉弟。待つ妻娘の為に生き残り帰る途を実行してく、太平洋戦争時の名飛行兵の、訓練·実戦小隊長·特攻兵教官·その護衛任務·自ら特攻志願実行の辿った途。生きて帰る事が、本人と家族の直接結び付き重視を超えて、より若く力持つ世代の戦後貢献への役立ちに拡がり、「死んでも生まれ変わって戻る」と、死へのルートを気づかれず取り替えたり、歪んでも生き抜く気力と場を与えていった者たちが、戦後の日本の苦難を乗り越える力となり、実際、残した妻の·新たな夫や窮地駆けつけ救出者となり、また、その現実(「秘め知られずも、形を変え多くが辿った途」)を体験ない世代に伝えてく役割を果たしてく。
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