このレビューはネタバレを含みます
1950年代の南イタリアの小さな島。
水道も通っていないこの辺鄙な島に、祖国チリを追われた高名な詩人パブロ・ネルーダとその妻が身を寄せることになる。
イタリア全土では歓迎ムードだったが、島の住民の中には共産党員である彼を快く思っていない連中もいるようだ。
そんな彼のもとには多くの女性ファンからひっきりなしに手紙が届く。
その手紙を届けることになるのが内気な青年マリオ。
彼は父親から一緒に漁師をやろうと言われるが、ずっと断り続けていた。
一見素朴そうなマリオだが、結構自分勝手で図々しい。
そんな彼の人間臭い一面が徐々に魅力的に思われてくる。
彼がパブロに近づいた理由は女性にモテたいから。
彼はどうすれば詩を書けるのか、パブロに教えを乞う。
初めはまともに取り合おうとしないパブロだが、打算的ではあるものの純粋なマリオの姿勢に徐々に惹かれていく。
パブロから隠喩について説明を受けたマリオは、不器用ながらも詩を理解するようになる。
やがて彼はベアトリーチェというパブで働く娘に恋をする。
そして彼はパブロの詩を借用してベアトリーチェを口説く。
が、厳しい彼女の叔母はマリオにベアトリーチェに近づくことを禁ずる。
パブロに詩を盗用したことを諌められたマリオが、『詩は書いた人間のものではなく、必要としている人間のものだ』と返すシーンが印象的だ。
マリオはこのように本質をつくようなことを言うことがある。
マリオとパブロの関係性が変わっていく様がとても興味深かった。
最初マリオは、自分がパブロの友人であることを自慢するために彼の本を手に入れ、そこに自分の名前入りのサインをもらおうとする。
が、パブロは自分の名前しかサインしない。
マリオはこんなものは無価値だとこぼす。
が、真剣に詩に向き合ううちに、マリオはパブロの信頼を得て、本当の友人同士の関係になる。
パブロは詩作のためのまっさらなノートをマリオにプレゼントする。
そしてベアトリーチェの前でマリオ宛のサインを記す。
その様子を見たベアトリーチェはマリオにも一目置くようになる。
やがてマリオの想いは通じ、彼とベアトリーチェは結婚式を挙げることになる。
何故あれほど頑なにマリオを拒んでいた叔母が、二人の結婚を認めたのかは謎だったが。
幸せの絶頂にいるマリオだったが、突如パブロとのお別れの日がやって来る。
チリでパブロへの逮捕状が取り消されたのだ。
パブロは島の人々に感謝の言葉を述べ、チリへ帰国する。
パブロは島の幸福と共に去って行ったようだ。
彼がいなくなった後、島では工事に取り掛かっていた水道の事業が撤廃されてしまう。
ベアトリーチェは子供を身籠るが、マリオは島を離れることを考えるようになる。
そんな折、マリオ宛にパブロの秘書から手紙が届く。
それは島のパブロの邸宅から必要な荷物を送って欲しいという内容だった。
パブロからマリオに宛てた個人的なメッセージはなかった。
皆は口々にパブロの薄情さを責める。
が、マリオは自分はパブロには何も与えていない。
むしろ自分の方が彼から様々なものを与えられていたのだと一同を諭す。
彼がパブロの残した録音機に島の美しいものを記録していく姿が心に残った。
この映画自体が一編の詩のような美しさを持っていたことに気付かされる。
そして美しさは何気ない日常の中にあるものだということも。
パブロが再び島を訪れた時、マリオは既にこの世を去っていた。
共産党の演説の最中に起こった暴動に巻き込まれてしまったらしい。
パブロがマリオの残した録音の声を聴くクライマックスは、映画史に残る名シーンだと思った。
マリオ役を演じたマッシモ・トロイージはこの映画のクランクアップの直後に亡くなっている。
事情を知らなければこの映画の中で彼が病と闘いながら役に挑んでいたことは分からない。
が、どことなくマリオからは尋常ならざる気配を感じていた。
特に彼の目が印象的だった。
裏の事情を知っているだけに、ラストシーンはより一層物悲しさを感じた。