2025年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。タリク・サレー長編六作目。『The Nile Hilton Incident』『Cairo Conspiracy』に続くカイロ三部作の終章。主人公ジョルジュ・ファーミーは"銀幕のファラオ"と呼ばれる、エジプト映画界を代表する大俳優である。私生活は破綻しており、妻や大学生の息子とは別居し、今は若い愛人と共に暮らしている。ある時、反政権的な信条を持つ彼は、その名声から大統領役を演じる羽目になり云々。前作は何も知らない若者が大学総長選挙に介入したい軍部の鉄砲玉にされて大変な目に遭うというものだったが、今回は失うものがありまくる大俳優が主人公ということで、TV番組を利用した印象操作や家族を使った脅しなど前作主人公とは別の方式で取り込まれ、別の方式で利用されることになる。権力がねっとりと絡みついてきて、徐々に窒息していくのだ。ただ、ジョルジュもまた、政権中枢にいるような男性的特権を享受しており(若い愛人を囲ったり検閲委員会の女性委員や乳がんのチャリティーイベントを茶化すなど)、思想の違い故に完全に同調することはないが意外にもすんなり消極的な協力者へと変貌しているため、そこまで緊迫感はない。彼はそれよりも家族や愛人との関係に目を奪われている。というか、前作主人公とは異なり、絶対に殺されないだろうと観客も本人も分かっているので、それを塗り替えるような事件が起こらない限りは認識が改まることはないし、残念ながらそんな事件は起こらないまま終わってしまう。ジョルジュの意外な権力享受の対比として描かれるのはゲイのマネージャー、同じ立場にある大女優ルラの挿話だ。二人とも政権にとっての利用価値がなくなり次第殺されているのが実に強烈。ただ、あくまでジョルジュ視点で描かれていて、二人の死は同じタイミングで間接的に聴くだけなので、もうちょっと物語に絡めても良かったのでは?あと、政府高官の顔が似すぎているので、終盤の展開に置いていかれたのが悔しい。前作を観る限り監督には実力があると思うので、無難な挑発に終わったのは惜しいな。