
1923年9月、朝鮮人の虚無主義者/民族主義者の朴烈と共に検束され、1926年3月、大逆罪で死刑判決を受けた金子文子。恩赦で無期に減刑され、栃木女子刑務所に送られたが、7月23日、独房で自死した。没年23歳。金子文子は、なぜ死んだのか?大審院の死刑判決の後、栃木女子刑務所で自死するまで何があったのか。本作は、残された生の声を伝える短歌をもとに、これまで空白であった死刑判決から自死に至る121日間の、文子のたったひとりの闘いを描く。
社会運動が高揚していた 1970 年代の日本、新左翼過激派集団「東アジア反日武装戦線“さそり”」のメンバーであった桐島聡。若き桐島は重要指名手配犯とされ、いつ逮捕されるかわからない緊張感の…
>>続きを読む1917年北間島(中国吉林省東南部)の同じ家で生まれ育った、いとこ同士の尹東柱(ゆんどんじゅ)と宋夢奎(そんもんぎゅ)は中学を卒業すると共にソウルの延禧専門学校へ進学する。尹東柱は医者にな…
>>続きを読む川上哲也は、一人、ずっと暗闇の中で生きてきた。記憶のある明るい時間は、父が生きていた時代。普通よりは裕福な家庭で育ち、父が経営する会社も順調、優しい母、頼もしい兄と可愛い妹に囲まれて何不自…
>>続きを読む大正末期、関東大震災直後の日本には、不穏な空気が漂っていた。 軍部が権力を強めるなか、これまでの自由で華やかな雰囲気は徐々に失われ、人々は貧困と出口の見えない閉塞感にあえいでいた。 …
>>続きを読む日本統治下の大韓帝国。初代皇帝・高宗の娘、徳恵翁主は政略に巻き込まれ、わずか13歳で日本へ留学させられる。祖国を思いながら月日は流れ、成長した彼女の前に幼なじみのキム・ジャンハンが現れた。…
>>続きを読むベトナム戦争や文化大革命など世界が革命にうねりを上げていた1960年代。日本国内でも学生運動が活発化し、先鋭化した若者たちによって連合赤軍が結成される。1972年2月、革命のために全てを懸…
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