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きれっぱしの愛
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きれっぱしの愛の作品紹介

きれっぱしの愛のあらすじ

北欧・アイスランドの田舎町。芸術家のアンナは、しっかり者の長女イーダ、わんぱくでいたずら好きな双子グリームルとソルギルス、そして愛犬パンダと暮らしながら、芸術家としての道を模索していた。若くして結婚したものの、今や<もう夫婦ではなくなった>はずの元夫マグヌスは、いまだに情を断ち切れず、何かと理由をつけては家を訪ね、食卓を囲み、ピクニックにまで付き合う始末。気がつけば、まるで<まだ家族>であるかのような日常を再び送るようになるが――。

きれっぱしの愛の監督

フリヌル・パルマソン

原題
Ástin sem eftir er/The Love That Remains
公式サイト
https://gaga.ne.jp/kireppashi_ai_NOROSHI/
製作年
2025年
製作国・地域
アイスランドデンマークスウェーデンフランス
上映時間
109分
ジャンル
ドラマコメディ
配給会社
NOROSHI、ギャガ

『きれっぱしの愛』に投稿された感想・評価

katoyu
4.4
2026年劇場観賞24本目。
こちらは番外編とでも言おうか、NY出張中に観に行きました!場所は、FILM AT LINCOLN CENTERということで、有名なジュリアードとかがある、NYCの芸術ディストリクト。中々な映画館で、驚きのずっと工事中で…ドリル音がずっと上映中も…っていう衝撃的な状況。映画は面白かったです、また日本上映時にちゃんと観ようと思います。淡々と不思議な家族の日常を描いているようで…どこか変?なんなの?みたいな。どういう発想なんだろって感じ。不思議なインパクトの作品でした。
[アイスランド、別居したばかりの家族の一年] 50点

フリーヌル・パルマソン長編四作目。タイムラプス的な時間経過描写の好きなパルマソンらしく、ある家族の一年が淡々と描かれる。別居したばかりのアンナとマグヌス。アンナは売れない現代美術家で、トロール漁船に乗るマグヌスとは数週間会えないこともあった。二人の間には三人の子供と一匹の犬がいて、五人は別居後も一緒にハイキングに行くなど距離は遠くないようだが、マグヌスはなぜ別居に至ったか理解はしていなさそう。というのは、偶然見えたアンナのパンツに大歓喜して妄想を膨らませまくったり、普通にヤらせてくれと頼んでいたり、まだまだ別居という事実に向き合えていないからだ。それはある種の"有害な男性性"にも近く、攻撃的な雄鶏やTVで登場する歌、トロール船のピンナップガールのカレンダーなど様々なモチーフで象徴されるが、個人的には"有害さ"より"疎外感"の方が提示したかったと思う。アンナも子供たちも必要な時だけ頼って来て、あとは無視しているし(作中でも接点が与えられない)、そもそもトロール船に乗っているので全然会えないという点で、彼はずっと孤独なのだ。彼に忠告してきた同僚の言葉にもある。"家族と子供たちを第一に行動しろ、自分の時間などSNSが作り出した幻想だ"と。ちなみに、子供たちが作った甲冑の的当てに関するパートだけをまとめた『Joan of Arc』という映画も存在する。『Nest』などで使用したタイムラプス的なシーン転換を延々と続ける実験的な作品で、個人的にはこちらの方が好み。それでも、フレームの外側から見えない剣が降ってきたり、ガチョウが襲撃してきたり、長回しの中で飛行機が墜落したり(規模感が違うけどモンテ・ヘルマン『果てなき路』を思い出した)、瞬間的に良いものもあった。
「GODLAND」の監督かぁと知った途端に景色が違うように見えた。「The Secret Agent」でも見られた”現実の延長線上に平然と現れる超異常(Super surreal)現象”を、私はマジックリアリズムと呼んでいるのだけど、違うのなら教えてくれ…
お母さんのアーティスト活動は、監督自身がアーティストとしての作品らしく、日常の些細な生活と強大で何もかも飲み込まんとす自然の風景は、その美しさと厳しさを誰よりも知っているからこそ写とれる景色であって、ただの他所もんが、その場所に辿り着いても切り取れない嘘偽りのない映像が淡々とながれていた。
映画を作るためではなく、プロットドリブンな作品でもなく、カメラと共に生活している監督が、日々にカメラを向けたから生まれた作品であり、その眼差しは何よりも暖かい。

なんだかボヤァ、この監督の世界の見方と己の見方は、100も1000も違うのだろうなぁ、羨ましいなぁと思った。