YasujiOshiba

戦争のはらわたのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

戦争のはらわた(1977年製作の映画)
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最終盤という文句にひかれてクリックしたブルーレイ。その、みごとに蘇ったオープニングシーンに「幼いハンス」が聞こえたきたとき、あの場内のタバコの臭いがよみがえってきた。たぶん中学生のころだ。倉敷の場末の映画館で、初めてこの作品を見たとき、なにかが確実に終わったと感じた。そして、周りの誰も気づいていないことが不思議だったのだ。

「幼いハンス」(Hänschen klein)は19世紀のビーダーマイヤー時代に生まれた童謡だ。この小市民的な雰囲気をゆりかごとして、ドイツでも、日本やイタリアと同様に、あの国民国家幻想が生まれてくる。それはまるで、幼いハンスのように、すっかり大きく見違える存在になってゆく。そして、ただ母親だけが、その瞳のなかに、あのハンスの面影を認めるように、ぼくらはこの映画のなかで、シュタイナー(ジェームズ・コバーン)とシュトランスキー(マクシミリアン・シェル)を通して、あの「バスタード」の成れの果てを見ることになる。

「バスタード」とは、この映画の最後に掲げられているのはブレヒトの引用にある言葉だが、そこにはこうある。

"Don't rejoice in his defeat, you men. For though the world stood up and stopped the bastard, The bitch that bore him is in heat again."
(あの男の敗北を喜んでいる場合ではないぞ、諸君。たしかに、世界は立ち上がって奴を阻止したが、あのバスタードを生んだビッチがまた発情しているのだ)

ブレヒト『アルトゥロ・ウイの興隆 - それは抑えることもできる - 』(1941)からの引用だが、この戯曲は「ヒトラーとナチスがあらゆる手段を使い独裁者としての地位を確立していく過程を、シカゴのギャングの世界に置き換えて描いたもの」。だとすれば、あの「バスタード」とはアルトゥロ・ウイであり、それはほかならぬアドルフ・ヒトラーのこと。

つまりぼくは中学生のころ、ヒトラーの瞳を覗き込んでいたのだ。しかし、何もわからず魅せられたシーンの数々は、もしあのとき見ていなければ、今の自分はいなかったかもしれないと思わせるものばかりなのだ。

それはきっと、こういうことだ。たとえ妖女に産み落とされた悪魔たちであれ、悪魔なりの生き様がある。だからこそプロシア貴族の末裔・シュトランスキー大尉はその滑稽さのなかに、文明に回帰した野蛮が生んだ神話・シュタイナー軍曹はその諦念のなかに、ふたりとも抗いがたい魅力がある。その魅力に惹かれるように、中学生のぼくはきっと、ひとつの歴史の終焉を見ていたのだと思う。

もちろんビッチはいまだに、またあのバスタードを身籠もらんと、いまも、なお、どこかで発情しているわけなのだけど...

追記:
『戦争のはらわた』の最後のブレヒトの引用は、1941年に『止められるアルトゥーロ・ウイの興隆』(1941年)として執筆され、ブレヒトの死後にシュツッツガルドで1958年に世界初上演された『アルトゥーロ・ウイの興隆』のラストのセリフだが、引用はこんな英語だ。

"Don't rejoice in his defeat, you men.
For though the world stood up and stopped the bastard,
The bitch that bore him is in heat again."

「あいつが負けたことで喜んじゃダメだぜ、みんな。
だってさ、たしかに世界が立ち上がりってあのバスタード (the bastard) を食い止めたが、あいつを産んだビッチは、まだ発情してるんだからな」


同じ箇所のドイツ語はこうだ。

"Die Völker wurden seiner Herr, jedoch
Daß keiner uns zu froh da triumphiert -.
Der Schoß ist fruchtbar noch, aus dem das kroch."

「諸国民がやつを屈服させ、やつの主人となりました。
それでもここで勝利を喜ぶのは早すぎます。--
やつが這い出てきた母体は、まだ生む力を失っていないのですから。」
(市川明訳)

乏しいドイツ語の知識で眺めているのだけれど、バスタードのあたる単語はみあたらない。ということは、たぶん英語が意訳をした部分なのだろう。けれど、もしそうしていなければ、タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』(Inglourious Basterds) は生まれていなかったかもしれない。

誤訳とは思わない。でもこれは、思い切った意訳が歴史を作ったひとつの例なのかもしれない。

p.s.
今日、2021年11月21日、神奈川で『アルトゥーロ・ウイの興隆』の舞台を見てきた。ひとえにこの映画を見て、ブレヒトのセリフがどんな場面で聞かれるのか、それを知りたいがためにすぐにチケットを購入、じつにひさしぶりの舞台を見てきたのだけど、このセリフが聞かれた時はほんと、鳥肌がたった。

3階席からはよく見えなかったのだけど、遠いどこかの国の出来事といいながら、背後にハーケンクロイツと日の丸が浮かび上がり、シカゴの話といいながら、そのひとつひとつがヒトラーが権力を掌握するドイツの歴史とどう重なるかを、字幕で説明してくれていた。

そしてなんとっても、草薙くんが観客席を熱狂させたその直後、「熱狂する大衆のみが操作可能である。政策実現の道具とするため、私を大衆を熱狂させるのだ」というアドルフ・ヒトラーの言葉が字幕で浮かび上がる。それでも熱狂する観客席を3回から見下ろしながら、サムダウンのジェスチャーをしてやったぼくに、隣の娘が、それはヤバイよと声をかけてくれる。

そう、たしかに熱狂する観客に向けてサムダウンするのはヤバイ。だとすれば、その熱狂が怒る前に、その熱狂を起こすかもしれないものに、サムダウンする前にしなければならないことを、してみせなければならない。たとえば、『アルトゥーロ・ウイ』の舞台のように。

ただ、ブレヒトが1941年に最初の稿を書き上げた時には遅すぎた。それが上演されるのが、破壊をもたらした熱狂が諸国民に打ち負かされ、ブレヒト本人も死んでからのこと。

たしかに遅すぎた。しかし遅すぎることはない。いやむしろ、まだ止められるかもしれない。なにしろ、ウイがまたもや産み落とされないとは限らない。いやむしろ、あいつを産み落としたビッチは、その肥沃な身体を発情させているやもしれぬ。だとすれば、今でもまだ間に合う。「ウイの興隆は止められる」のだ。

見よ。あの赤いワンピースに白い肌を露出させたビッチたちが、まるで三美神を転倒させたかのように艶やかに姿で踊るを。そこに、ジェームズ・ブラウンのファンクが鳴り響く。虐げられたものが、虐げられたがゆえのルサンチマンでその才能を輝かせ、虐げられたものの復讐を果たしてゆく、そのための強烈なビート。そしてオーサカ=レイルウエイが依代となったいかがわしい取り巻きたち。

そこにウイが登場する。その舞台に賭けられているのは、ぼくらはまだその興隆を止められるかもしれないという掛け金なのだ。
YasujiOshiba

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