荒野の狼

科学者の道の荒野の狼のレビュー・感想・評価

科学者の道(1936年製作の映画)
5.0
私は、微生物学の研究と教育を大学の医学部でしております。医学生に授業で、本作をすすめております。
「科学者の道」の原題はThe Story of Louis Pasteur(ルイ・パスツール物語)で1936年制作のパスツール(1822-1895)の伝記。主演のポール・ムニは好演でアカデミー主演男優賞を受賞(ちなみにムニは翌年ゾラの伝記映画でもアカデミー主演男優賞にノミネートされている)。本作で、パスツールはワインの低温殺菌法(パスチャライゼーション、pasteurization)の開発で有名な化学者として登場、しかし当時は微生物がヒトの病気を起こすことが信じられておらず産褥熱が連鎖球菌感染で起こることを提唱したためナポレオン三世から不興を買う。この関連で消毒法の開発者で英の外科医ジョゼフ・リスターも登場。普仏戦争(1870年)の敗北でナポレオン三世の第二帝政が終わり、第三共和政の初代大統領ルイ・アドルフ・ティエールが賠償金の支払いのためには当時炭疽病で潰滅的であった畜産業を救うことを指示。フランス国内では唯一アルボア(パスツールが少年時代に過ごした場所)では炭疽病がないため調査医師を派遣したところパスツールがワクチンを開発していた。獣医師Hippolyte Rossignolがワクチンの公開実験をパスツールに要求し、パスツールはこれを受け勝利(1881年の実話)するが、この時狂犬が乱入し噛まれた人が焼きゴテを傷口に当てられる悲惨な治療を目撃(実際は9歳の時)、狂犬病ワクチンの研究にかかる。1885年に狂犬に噛まれたジョセフ・マイスター少年をワクチン治療で救命、ロシアから来た農夫も救命する(映画では同時期として描かれているが、実際は1886年に35人の農夫を救命)。本作は、パスツールの主な業績をうまくまとめており歴史的にもかなり忠実。狂犬の口からウイルスの含まれた唾液を自らピペットで吸い出す命がけの実験や、科学論文上ではなく、公開の場でワクチンの議論を行うなど当時の研究者をとりまく状況も描かれている。人民のための科学者People’s scientistと言われたパスツールがワクチンの正当性を訴えながらも絶えず中傷されていきながらも、最後には功績が認められ若い研究者に言葉を残していくラストシーンも実話。現代でも、科学者の正当な評価にも関わらず、ワクチンに根拠なく反対し、ワクチン接種できなかった人が感染症で死にいたるという問題はあり、そうした観点からも薦めたい名作。以下は映画のパスツールのことば。

The benefits of science are not for scientists. They’re for humanity. 科学の恵みは科学者のものじゃない。人類のものだ(炭疽菌のワクチンが成功すれば、パスツールは休息もとれなくなると心配する妻に対して)。
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