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クローズ・アップのnetfilmsのレビュー・感想・評価

クローズ・アップ(1990年製作の映画)
4.3
 刑務所への人の出入りを捉えたロング・ショット、タクシーに乗った男たちは今日1日貸切に出来ないかと運転手にお願いする。新聞記者の男は今年最高のスクープをその手に掴もうと張り切っている。テヘランの閑静な住宅地、『サイクリスト』で有名な映画監督モフセン・マフマルバフに成り済ます詐欺事件が発生する。その犯人としてサブジアン青年が詐欺罪で逮捕された。この事件に興味を持った監督キアロスタミは刑務所に面会に行き、また被害者のアーハンハー家にもインタビュー、裁判官から公判の撮影許可を受ける。裁判が始まり、アーハンハー家の長男メフルダードは彼が家族を騙して家に入り込み、盗みを計画していたと証言する。裁判所への侵入が許されたキアロスタミの「クローズ・アップ」専用のカメラは、モノクロ映像でサブジアンの表情を据える。その粒子の荒い映像は被告の焦燥感を伝えるが次の瞬間、カラー映像に切り変わったフィルムは、バスのなかでアーハンハー家の主婦がバスでサブジアンに会う様子を映し出す。

 この再現映像はモノクロの裁判映像とは違い、ある程度キアロスタミの裁量を交え、再現されている。今作はドキュメンタリーではなく、多分にセミ・ドキュメンタリー的な風情を讃えた巧妙なメタ・フィクションとも言える。被害者も加害者も自分自身を再び演じさせられた物語は、フィクションとノン・フィクションの間に何とも言えない「しこり」を生み出す。サブジアンが働いた罪は、アーハンハー家を破滅に陥れるような計画的な詐欺ではない。それどころかマフバルバフの偽物は監督を敬愛し、あろうことかキアロスタミの旧作である『トラベラー』にも賛辞を寄せている。2人の子供を抱えながら、7年目に夫婦生活が破綻した彼の身は、2人のうちの1人を育てながら失業に喘いでいる。「罪を憎んで人を憎まず」という日本の諺があるが、彼がアーハンハー家にマフバルバフを詐称し紛れ込んだのは、空腹に堪え兼ねてという貧しさからだった。彼にとって映画というのは憧れでしかなく、実人生はただひたすら侘しい。キアロスタミはカメラの向こうからサブジアンに「監督と俳優、どっちが向いていると思うか?」という問いを投げかけると、彼は即座に「俳優です」と答える。図らずも映画の主人公に躍り出た市井の人間は、ここでサブジアンという男の虚実両面を演じている。

 道路の向こう側からマフバルバフと偽のマフバルバフの出会いをロング・ショットで据えたクライマックス、音が拾えないというキアロスタミの焦りが混じった声は、フィクションに介入する奇術師としてのキアロスタミの立場を明らかにする。ラストのストップ・モーションでサブジアンという男の人生はもう一度生まれ変わる。その瞬間、彼は『クローズ・アップ』の主役として一世一代の輝きを見せる。皮肉にもそこでは、紛れもない本物の役者の誕生を目撃する。
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