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ホワイトハンター ブラックハートのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.4
 緑溢れる森の中を、馬にまたがり勢い良く駆け抜ける男の姿。朝の乗馬の疾走感と飛行機の着陸との絶妙なカット・バック。タラップをゆっくりと降りてきた若い脚本家の男ピート・ヴェリル(ジョフ・フェイ)は、迎えに出向いたマネージャーの女と共に送迎車に乗り込む。ホテルに向かうのかと思いきや、女はレガトン・ガーデンへと向かうという。馬が走る広大な牧草地、緑に囲まれた宮殿のような豪邸に住むのは映画監督のジョン・ウィルソン(クリント・イーストウッド)。朝の日課の乗馬を終え、新聞片手にキング・サイズのベッドで朝食を取る男は、ヴェリルに共同で脚本を執筆しようとアイデアを持ち掛ける。大監督は借金を抱えながら、オール・アフリカ・ロケでないならば、監督を直ちに降りると言い張る。もはや1週間後に出発するとプロデューサー(ジョージ・ズンザ)の許可も得ず、独断で動き出した男の衝動と欲求は止まらない。散弾銃と弾200発を買い揃え、コンゴ行きの日をウキウキしながら待つ様子は、さながら遠足前の子供のようである。若い男との心の交流と旅はこれまで何度も繰り返し描いてきたイーストウッドだが、今作では脚本のラスト・シーンを巡り、ことごとく意見が食い違う。このホンにはハリウッド調の笑いがないと断言するヴェリルに対し、ジョンは神は人を殺すために作ったとのたまう。人間を生かすも殺すも我々のさじ加減であり、外部の目を気にするお前は一流にはなれないと断言して憚らない。ギャラも決まり、出発前夜のパーティ、たまたま繰り広げられるコンガのリズムとジャングルの踊り。黒い大陸が恋しくないかと愛人に話すジョンの表情は心底明るい。しかしアフリカに着いた彼は一向に映画を撮ろうとしない。

破天荒な行動で知られた大監督ジョン・ヒューストンの映画『アフリカの女王』の前日譚。物語はドイツ領東アフリカの奥地(撮影はコンゴ)で布教活動を行う兄サミュエル・セイヤー牧師(ロバート・モーリー)と妹ローズ・セイヤー(キャサリン・ヘプバーン)の兄妹。郵便物を運ぶオンボロ船の運転手チャールズ・オルナット(ハンフリー・ボガート)の3人で始まる。牧歌的に見えた毎日がある日突然、ドイツ軍の急襲で一変する。時は第一次大戦下、ただ一人の兄を失い、途方に暮れるヒロインをチャールズは助け、渋々激流を下る決断をする。アル中で無精髭を生やし、汚らしい服を着ているハンフリー・ボガードの役柄は『カサブランカ』のリック・ブレインとは対照的な人物として描かれる。オンボロな蒸気船ではとても渡れない激流の中、男と女は様々な問題を解決しながら、何日もかけて川下へと向かう。蚊やヒルを退治し、葦の茂みを掻き分け、豪雨の中を寝て過ごし、果てはドイツ軍の銃撃にも怯むことのないローズの男勝りなキャラクターは、まさしくイースウッド好みの気の強い女として立ち現れる。宣教師でピアノしか弾いてこなかった女が、ボガードとの一度のキスで女に変わり、壊れたスクリューを鉄から鍛治で作り直したりする。女の驚くべき適応能力に男も引っ張られ、2人は幾つもの難局を乗り越えて行く。冒頭こそ、堂の中に入った多くのアフリカ人が歌を歌う場面があるが、わざわざアフリカのコンゴまで行って撮影した意義はあまりない。中盤以降も、確かに風景の中にたくさんの動物が出て来るし、その中には象の群れの後ろ姿もあるがほんの1ショットであり、効率を考えれば第二班の監督がさっさと片付けられる代物なのだが、ジョン・ヒューストンの妄執はそれを許さない。

女優との不和、黒人を見下したホテル支配人との乱闘、荒波に揉まれる「アフリカの女王」号上での高笑いなど、誰よりも人間臭い監督ジョン・ヒューストン像を浮き彫りにしながらも、象を狩るという妄執に捕らわれた男の自己破滅的な生き方。『センチメンタル・アドベンチャー』のカントリー歌手、『バード』でのチャーリー・パーカーを経て、またしてもイーストウッドはゆっくりと破滅していく大監督の姿に自らも妄執する。狂気と平静の往来は彼のスケッチにも現れる。何日もアフリカのジャングルを歩き回り、徐々に咳が止まらず、木にしがみつき休む主人公の明らかな衰え。最初はいがみ合った2人が様々な難局を乗り越え、やがて結ばれる物語の骨子は『ガントレット』に見られ、女が神に奇跡を祈る場面は『ペイルライダー』を彷彿させる。ラストの首吊り刑は『奴らを高く吊るせ!』のショッキングな導入部分に起きた「法と正義の行使の不一致」をも予感させる。だが効率重視のイーストウッドのスタイルと、昔気質なジョン・ヒューストンのスタイルが水と油なのは間違いない。アフリカ原住民で現地のコーディネイターであるキヴを気に入り、ファミリーのように可愛がる様子は、ハリウッドで鍛えた抜群の嗅覚の冴えを見せる。だが物語を完璧に制御出来るかに見えた彼にも、予知出来ない現実の落とし穴。出発前夜に聞いたコンガの調べは、皮肉にも喪に服す村人たちの痛ましい伝言となる。

ラストに力なくかすれた声で「アクション」と叫んだ映画『アフリカの女王』は皮肉にも大ヒットし、ハンフリー・ボガードはアカデミー主演男優賞を獲得する。終わりと始まりを円環状に結びつける弱々しい「アクション」の叫び。『バード』でアメリカ人の人生に第2幕はないと綴った男の物語は、キヴを身代わりに新たな人生を紡いでゆく。『バード』と並び、イーストウッド演出の頂点を伝える傑作中の傑作である。
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