このレビューはネタバレを含みます
「容疑者Xの献身」…
献身とは何か、改めて考えてみた。
ざっくり意味を調べると、
--自己犠牲。
自分の利益をかえりみず他者に身も心も尽くすこと。--
用例を見れば、主に神に対してのこと。祈るとか、聖職者とか。
色々出てきた。
この映画のストーリーはすごく好き。
小説もいつか読んでみたいと思いながら、数年経ってしまったけど。
石神さんは、髪はいつ見てもボサボサだし、猫背だし、ボソボソと話すし、見た目の美しさはカケラもない。
でも見た目以外の、美しいと思うものへのこだわりが強い。
数学の答えに対しても、あの親子に対してもそう。
(結果、お母さんはスーパー美人だけど)
石神さんがあの親子に惹かれたのは、自分にはない太陽みたいな明るさで、
それで自分は生きる力をもらったと。
でも最終的に、石神さんのしたことは、全然正しくない。
大事な人たちを守ろうとした結果、犯罪を犯した。
そこに対する捉え方が、この映画の好き嫌いのポイントになるんだろうなと思う。
これは、神話のような完璧な愛になれなかった話。
石神さんっていう、
不器用のカタマリみたいな人間が、
おそらく恋愛経験も豊富にはないだろうし、
友達も少ないだろうし、
どこにいても社交的にはなれない人間が、(ボロカス)
大切な人たちを必死で守ろうとした。
でも…
そんなにまでして守られた人は、どう思うのかなと。
それが見えてないのが、石神さんっていう人だと思う。
献身という言葉の そのまんま、
身も心も尽くして…
がむしゃらに親子の幸せを祈って。
でも最後に言われてしまう。
「私たちだけ幸せになんてなれない」
うん。その通りだと思う!
だってそんなの、普通の人なら耐えられない。
ましてや、石神さんが惚れた心も美しい彼女が、罪悪感を感じずにすんなりと受け入れられる訳がないから。
石神さんはその彼女の言葉で、初めて感情をあらわにして号泣する。
立っていられないくらい。
石神さんの頭の中では、自己犠牲をもって完全に証明終了、答えは締め切られていたのに。
でも相手は数学じゃなくて…
人間だから。
それで終了には、できなかった。
もしかして石神さんが器用だったなら、その頭脳を持ってしたら、もっと上手くコトを運べたかもしれないけど。。
自己犠牲の皮を被った、自分よがり。
そんな石神さん、不器用だけど、全然愛せる。