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私の好きなモノすべてのpikaのレビュー・感想・評価

私の好きなモノすべて(1993年製作の映画)
3.5
何がどう良いとか上手く言葉にできないんだけどめっちゃ面白い。映画に余白がたっぷりあるので見ながら色々考えていたが示唆的なものとか暗示的なものとかどうもわからないし、見ていくと映像外のことなんてどうでも良いんじゃないかと思えてくる。
オープニングの湖だか海での日の出のシーン。なだらかな水面とオレンジに染まる空をただフィックスで数分間切り取っているだけで退屈にも思える時間であるのに、映画として注視させられると普段退屈だと思って知覚していない瞬間って全然退屈ではないんだと気付かされるような目の離せない味わいがある。全編そんな感じで、しょうもない男の家族とのやり取りを延々と見せられるんだけど、狭小的な世界とは正反対にスロバキアの自然が爽快なほど美しく、普段自然に存在しているものたちに背を向け、人工的に作られたものばかりを追い求め埋もれていく現代の生活の虚しさを思い起こさせる。他国の風景であるのに妙なノスタルジーがあり、自然物はどんな場所でも想起することのできるものなんだと、映画で見ることでしか目に入らないのだろうかと思わされるくらい、ただ撮っているだけなのに何よりも美しい。

バツイチ中年男の恋愛と家族の日々を切り取ったドラマで、ドラマとも言えないようなありふれた毎日が映されている。なにやら変化を求めてじいさんにインタビューをしたり断食に挑戦したりしている。イギリス人の恋人と息子、別れた元妻と両親とか、無職でプラプラしながら彼らと会ったり話したり。日々のワンシーンを章仕立てで切り取り表題を付けて羅列する。映画的な劇的さのある出来事は起きないし、何かを訴えかけるような意図も見えない。ただただ切り取っただけなのに何がしかの暗示めいたものが漂う。劇的でもない普遍的な日々を生きるというのは、立場や状況は違えど同一のものというような、フィクションの他人事を眺めているのに自分の中に自然と浸透してくる。血の繋がった家族や愛で繋がった者たちとの関係とは、相手を思いやっているようで主観でしか見ていないし、心配しているようで身勝手である。変化を求めながらも過去にすがるような、言葉では区切られない曖昧な感情が滴り落ちる。冷徹なようでその距離感に安堵してしまうような、愛とか思いやりなどの重要ではあるが面倒な、求めていても与えるのが難儀な、自分以外の他人との関わりというものを提示させられる。

見たこともない他国の自然にノスタルジーを感じるように、作られた映画の中のキャラクターに自分を見てしまう感覚。変化を求めながら幸せでも不幸でもない日常を、日々悩みながら生きていくことが人生か。
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