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メランコリアのnetfilmsのレビュー・感想・評価

メランコリア(2011年製作の映画)
4.2
 森の中に佇む姉夫婦ジョン(キーファー・サザーランド)とクレア(シャルロット・ゲンズブール)の別荘、結婚パーティへ向かう1台の白いリムジンは、細くくねった道を曲がり切れずに、何度も切り返しては停まってしまう。今日の結婚パーティの主役である新郎新婦マイケル(アレクサンダー・スカルスガルド)とクレアの妹のジャスティン(キルスティン・ダンスト)は運転手の技術に苛つきつつも、2人顔を見合わせて笑うばかりである。来賓客は既に全員席に着き、すっかり闇が支配し始めた頃に新郎新婦は徒歩でようやく現れる。ウェディング・プランナー(ウド・キア)の曇った表情、主役の登場を待ち侘びていた大広間では、ジャスティンとクレアの別れた父デクスター(ジョン・ハート)の口上が始まろうとしていた。姉のクレア夫婦には、1人息子のレオ(キャメロン・スパー)がおり、ジャスティンのことを「スチールブレーカー叔母さん」と呼び、シェルターはいつ作るのと聞く。母クレア(シャーロット・ランプリング)は元夫の口上に心底不機嫌そうな表情を浮かべながら、目も合わせることなく口汚く罵る。いがみ合う両親の光景、広告業界に勤めるジャスティンの上司のジャック(ステラン・スカルスガルド)の上辺だけのスピーチ、世界一幸福なはずのジャスティンの表情は見る見るうちに鬱々として来る。そんな彼女の姿に姉のクレアは内心、心配でしょうがない。

 一番大事なケーキ・カットの瞬間に祝いの席を外れた2人の女の姿に、義兄であるジョンは苛立ちを隠さない。マルキ・ド・サドに由来するジャスティンという名の次女の人格形成には、厭世的な母親と日和見主義な父親の教育方針が何らかの影響を及ぼしたのは疑うべくもない。マリッジ・ブルーに陥った彼女にとって気がかりなのは、新郎のマイケルよりも、赤い光を放つさそり座の恒星アンタレスである。心底、幸福そうな新郎を置いて、ジャスティンは18ホールあるゴルフ場にカートで移動し、コースの上にウェディング・ドレス姿のままで放尿をする。潮の満ち引きのように情緒不安定な女たちの心情を、男たちは永遠に理解などしない。新郎のマイケルの頭にあるのは新婚初夜への願望だけであり、彼は購入したりんご園の写真を見せながら、10年後の自分たちのアダムとイブのイメージで新婦を繋ぎとめようとする。一方、ジョンも明らかにジャスティンと義母であるクレアに苛立ちながらも、今回の挙式に幾ら掛かったのかわかっているのかと義妹に凄む。たかだか数百万円のはした金にネチネチ拘る義兄は、「キミが幸せになることが、高い代償を払うせめてもの価値だ」とのうのうとのたまう。

 かくして未来(ツケ)しか見ていない男どもに対し、女たちは今この瞬間を見据える。職場の上司も、バンカーで逆レイプされた頼りなさげなティムも、クレアの夫でレオのただ1人の父親であるジョンも、はたまたウェディング・ドレスのジッパーを上げることになるマイケルも、男としての威厳を保とうと女たちに半ばマウンティング的に振る舞うが、女たちのメランコリックな病巣には一切触れることが出来ない。文明社会に生きる男たちは時に動物的な本能を喪失するが、女たちの動物的な本能はいささかも揺るがない。心底陰惨な前作『アンチクライスト』では狐、鴉、鹿などが出て来たが、今作でもジャスティンのお気に入りの馬であるアブラハムは、姉のクレアとの乗馬の際勢い良く出て行くものの、突然橋の元までやって来た時に直進をやめる。心を病んだ妹がプリミティブな姿で地球とメランコリアと交信する姿に、入れ子構造のように姉が徐々に精神を持ち崩して行く後半の怒涛の展開は見事である。豪邸の庭でそっと目を開ける女、ゴルフ場の泥濘に足を取られる女と馬、池に浮かぶ花嫁、彼女の指先から連なるスロー・モーションの上昇のイメージは、心底陰惨だった前作『アンチクライスト』とは別の多幸感に観客を導く。ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』のメロディ、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオの『ゴリアテの首を持つダウ ィデ』の絵画、ピーテル・ブリューゲルの『雪中の狩人』の絵などの幾つもの芸術的イメージの複合的羅列が、メランコリックな女たちの美しい痴態を露わにする。678個を予見した妹の世界の終わりの達観が真に静謐なラストへと結びつく。
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