メランコリアの作品情報・感想・評価・動画配信

「メランコリア」に投稿された感想・評価

れい

れいの感想・評価

-
作りとしてはおもしろかったんですけど、なにが言いたかったのかなーと思った時に、芸術性の実現を試みた、ていう感想でした。キーファー・サザーランドがかっこよくないと!ていう24ファンとしては思うところです。💦
ここあ

ここあの感想・評価

4.8

このレビューはネタバレを含みます

キルスティン・ダンストはこの作品の前鬱で入院していたらしいけど、鬱感がすっごくて不快要素もすごい。それが段々と落ち着いてくる様子、姉妹の対比もすごくうわー、、と思いながら観ていたものの、音楽と宇宙の映像に吸い込まれそうな美しさがあって、このタイプの映画は私はすっごく苦手なんだけど、映画館で見たら物凄く印象に残ると思う。この姉妹の対比の図は、すごくわかってしまう。そして、鬱病の妹と通常な姉の変化を通じて、社会でダメって言われるような人とかって本当はそんなんじゃ無いってことが超わかる。これは価値観を変える映画でもあるし、すごい。その環境と、時代にマッチするかしないかであるし、全人類肯定される?ような、みんないいところと悪いところとあるよね、というような人間性がめっちゃ見える…大きなスクリーンで見れる機会があったら絶対に行きたい。暫くしてから頭にすごく残ってしまった。もちろん、my favorite から程遠いのに…
長すぎて一生忘れられない映画になった。と思ったが今時間を見たら135分……!?体感時間5時間くらいだったが!?!?!?

映像とBGMの親和性が高く、じわじわと不安定な気持ちになってしまった。決してホラー映画ではないが、不安と混沌の混ぜ物を口の中に流し込まれたような気分である。
決してパーティーやデート向けの映画ではないことはここに明記しておかなければならないだろう。
chaooon

chaooonの感想・評価

3.8
ラース・フォン・トリアー監督の『アンチクライスト』『メランコリア』『ニンフォマニアック』からなる鬱三部作。
今作はだいぶ前に観たけど、改めて3部作意識して再鑑賞。

監督自身も鬱病を過去に患っていたことは有名だけど、3部作と謳うだけあって、全部陰鬱だったわ〜🌀
この3部作は異常性を帯びた性の表現と病んだ心、そしてシャルロット・ゲンズブールが一貫して登場してるな🤔

映画としては今のところ『ニンフォマニアック』がトリアー作品の中では1番好きかな?って感じだけど、これは1番分かりやすくて共感もしやすい雰囲気があったなぁ。
今作はタイトルからして、ばっちり『Melancholia=鬱』だし、ド直球。

何より映像と音楽と、空気感が美しい✨✨
他作品に比べても、うわっ😨って感じの展開もないし。
冒頭のアート感溢れるカットの連続にため息が出る✨✨

初見時は、監督のことも知らず、当時24ロスに陥っていた旦那が何本も借りてきたキーファー・サザーランド作品の一つとして鑑賞したのだけど、なんじゃこらな展開とラストの着地にただただ唖然だったことは覚えている😧
結末が分かった上で観ると、序盤からそのセリフやシーンの一つ一つを丁寧に観れた気がしたかな。

心を病んでしまった妹ジャスティンと、夫や子供に恵まれ社会的地位や幸せを手にしてる姉クレアの2人を、それぞれ主軸にした2部構成。
姉妹の対比と、精神状態の揺れ動きがとても面白い!
第1部は、結婚式という格式や常識のあり方や幸せを感じるはずの場で、不安定になっていくジャスティンの姿や、壊れていく関係性(既にぶっ壊れてるものもあったけど)。
第2部は、地球へと接近する惑星メランコリアに不安を隠せないクレアの姿と終焉に向かう世界。

地位も名声も富も、地球滅亡の前には何の意味もなくて、その身ひとつ、人間の在り方が問われる。
全ての終わりを前にして、身に纏っていたはずの武装は全て脱ぎ捨てられ、剥き出しの自分の心と対峙する。

社会的に下と見なされる、精神疾患者や、弱い女性や子供。
それに対して地位や富を持つ存在や、強い男性。
普段の世界での力関係が、異常事態を前に逆転が生じたように見えるのが、面白い。
なんか第一部でも、本来敬われる対象である上司や親、裕福な夫たちが、とても嫌〜な感じで描かれてるのも、ゾゾゾとする。

他作品でもよく登場してた黄色いライティングがこちらでも局所的に使われているけど、効果的でとってもうっとり❣️
1部は黄色、2部は惑星メランコリアの青味がそれぞれキルスティンを照らし出してて印象だったなぁ✨✨
印象的と言えば、キルスティン・ダンストの眩いばかりに美しい肢体も最高💖

ステラン&アレクサンダーのスカルスガルド親子が、劇中でも親子役っていうのが、また熱い🤤

時として「持っている」人というのは、幸せとは程遠いのかもしれない。

賢い人間は察するのに長けている故に苦悩する。
使命や勇気に燃える人は、何か手立てはないかと葛藤しては絶望する。
大事なものを持てば持つほど、失うことを恐れる。
守りたい人がいるほど、その重荷に押しつぶされる。

何も「持っていない」人の方が、状況のありのままを受け止める、間口が広いのかも。

何を持って「正常」とするかは、状況や見かた次第なんだなぁと、考えずにはいられなかったなぁ。

子供のときに、将来のことが不安だったり、自分自身や何かに失望したときに、「世界が終わってしまったら、こんなこと考えなくていいのになぁ〜」ってたまに考えたこと、誰もがあるよね。
明日自分だけが死ぬのは嫌だけど、みんな一瞬で消え去るなら別に悲しくはない。
そういうちょっとした気の迷いとか現実逃避を、より深く美しく思い詰めた映画という形に昇華してくれたような映画だったなぁ〜。
まぬ子

まぬ子の感想・評価

3.5
SF映画と思っていたので、思いのほか鬱映画で面食らった。そして難解。

スーパースローの美しいプロローグと、最後の絵がとても美しい。
汚く醜い感情を浄化するような最後の絵は印象に残った。最後の瞬間を観るためにあの長い道筋はあったのかおもうほど。

せっかちな私には、支離滅裂な第1部の結婚式に、おいちゃんとしろよ!とイライラさせられながら観ていたのだけど、第2部になって、あぁなるほど、と。

しかしメンヘラの披露宴いきたくねぇなぁ…
参席者たちのざわつく感じは、ドキュメンタリー風のカメラで臨場感があり、リアル。

# 180/2018
シオン

シオンの感想・評価

4.2
冒頭の映像と壮大なオーケストラがどこまでも美しい。スクリーンで観たいな
ひめ

ひめの感想・評価

4.0
地球に惑星が衝突するその時、ひとは何を想い何をするのか。
心が健康な人と不健康な人の対比が好きで、ミッドサマーを観た後に得た感覚が当時のそれと似ていると思い出して再鑑賞。家で見たというのもあり当時の衝動と同じものは得られなかったけどやはり好きだった。

初鑑賞2012.2.9
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

3.0
「メランコリア」

冒頭、宇宙。スローに映る画。心の病、鬱。新郎との式への入場、家族の出迎え、スピーチ。左右対象大庭園、地球に奇妙な周回軌道をとる惑星が接近する。新婚夫婦、馬、星、二面性。今、破滅へ…本作はラース・フォン・トリアーが監督、脚本を務め、主演のキルスティン・ダンストがカンヌ国際映画祭主演女優賞受賞したが、監督はヒトラーを肯定する発言をした為に追放される自体が発生した。本作はうつ病だった監督がセラピーの集会に行った際にアイデアがひらめいた映画であり、デンマーク産のナチスドイツ美意識がふんだんに散りばめられた音楽プロモーション映画風のSFと言える。

主演女優賞に限っては「ピアノ・レッスン」以来のアメリカ人女優として18年ぶりに主演女優賞を獲得したとのことで、監督は世界の終わりと言う危機に直面したある姉妹の葛藤をめぐる荘厳な叙事詩として作り上げているのは誰の目からしてもわかるだろう。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でビョークが主演女優賞、アンチクライストではシャルロット・ゲンズブールが同じくカンヌで主演女優賞受賞している。ここまでくると「奇跡の海」のエミリー・ワトソンが受賞しなかったのが非常に惜しいのである。もちろん「ドッグヴィル」のニコール・キッドマンも欠かせないが、ワトソンの芝居は最高レベルだったので個人的には。

この作品は優雅なワーグナーのトリスタンとイゾルデの調べに導かれるようにして圧倒的な映像美(映像に関してはピーター・グリーナウェイを彷仏とさせる左右シンメトリー等が非常に美しく構造的に設計されている)そしてロマンティックかつ壮大な世界観を映し出し、序章として展開されるジャスティンと惑星をめぐるイメージの数々は監督自身の自らのうつ病体験を投影しているかのような演出である。また映画史上類を見ない圧巻のエンディングには言葉を失う。


本作は冒頭に、スーパースローで写し出される1人の女性のクローズアップでファースト・ショットが始まる。カットは変わり、ほぼ左右シンメトリーの大庭園が映し出され、そこからまたスローモーションによる絵画が写し出される。すると宇宙へとカメラが飛ぶ。ここからSF叙事詩が始まるのである(第1章ジャスティンが始まるまで8分間はカット割のスローモーションが映される)。さて、物語は第一部ジャスティン、第二部クレアと展開されていく。新婦ジャスティンは新郎マイケルとともに、結婚パーティーを行われる姉夫婦の邸宅へ向かっていた。しかし2人の乗るリムジンは細かくくねった道で立ち往生して、なかなか前に進むことができない。それでも幸せな2人。予定の時刻を大幅に過ぎ、邸宅に到着した2人を、ジャスティンの姉クレアとその夫ジョンが出迎える。待ちくたびれた来賓たちを前に、ウェディングプランナーは既に気が気でない。ダイニングホールには、ジャスティンとクレアの母ギャビー、彼女の元夫でジャスティンの父デクスターらが顔を揃えていた。ようやくパーティーが始まった。

パーティーは大盛り上がり、広告会社で働くジャスティンの上司ジャックが立ち上がって、スピーチを口走る。アートディレクターへの昇進を伝えられ、心からの笑顔を見せるジャスティン。ところが悪意に満ちたギャビーのスピーチを聞く頃から、彼女は表情を暗くした。今夜は馬鹿な真似をしない約束よねとクレアから釘を刺されるが、ジャスティンは無断で式場を離れ、夜のゴルフコースへと向かう。放尿をし、星空をじっと見つめる彼女は、マイケルの精一杯のスピーチも、彼とのダンスも心から楽しむことができない。ケーキ入刀の時間になっても、部屋の浴槽に横たわったまま、疲れ切って身動きが取れないジャスティン。謝る彼女に、マイケルは2人のために購入した土地の写真を見せて優しく微笑みかける。だが、情緒不安定に陥ったジャスティンにマイケルは当惑を隠せない。資産を投じてパーティーを準備したジョンも、彼女の行動が理解できず、ジャスティンに詰め寄る。有意義な出費だったと思えるように取引しよう。必ず幸せになること。ジャスティンはうなずく。式場に戻ると、ジャックの甥で会社に入ったばかりのティムが、広告のコピーを催促してジャスティンの後をつけ回して始めた。

ジャスティンは明らかに混乱していた。野外で風船を飛ばす参列者らを横目に、マイケルに抱きかかえられて部屋に戻ったジャスティン。だが、ドレスを脱ぎ彼とキスを交わした彼女はすぐにドレスを着て1人部屋を出て行ってしまう。代わりに、彼女はゴルフコースでティムの上にまたがり、強引に彼と性行為に及ぶ。ティムを解雇したと語るジャックを罵倒し、会社を辞めることを告げるジャスティン。来賓たちが家路に着く中、マイケルもまた彼女の元を離れていった。翌朝、ジャスティンとクレアは、霧が立ち込めるゴルフコース脇の道を愛馬で駆けぬける。しかし、橋の手前まで来た途端、馬は何かに怯えて動きを止める。ふと空を見上げたジャスティンはそこにさそり座の赤い星アンタレスが存在しないことを確認する。

〜第二章クレア〜

7週間後。クレアは別荘の窓から、庭の木々がざわめくのを見ていた。彼女はアンタレスを遮り、地球に異常接近している惑星メランコリアのことが気になって仕方がない。怯える彼女を、惑星は5日後に通過し、地球に衝突する事は無いとなだめるジョン。一方で、彼はメランコリアの接近に備え、非常時の用意を整えていた。そんな中、ジャスティンが邸宅にやってくる。クレアや執事に支えられなければ歩くこともできないジャスティンは、逃れようのない虚しさにとらわれている。馬に乗ってコースをかけるも、再び橋の前で動きを止める馬に、激しく鞭を打つ彼女。その時、彼女はクレアとともに、月よりも大きくなった惑星の姿を目のあたりにする。その夜、何かに取り憑かれたかのようにナイトガウンのまま夜闇を抜けるジャスティン。彼女の後を追ったクレアは、裸のジャスティンが小川のほとりに横たわり、惑星にうっとりと微笑みかけるのを目撃する。

クレアとジョンの息子レオは、メランコリアの大きさを推定する棒状の道具を作り、惑星の接近を楽しみに待っていた。しかし、クレアは望遠鏡越しに見る青白い惑星の姿に、戦慄を覚えている。ネットで地球の軌道とメランコリアの軌道がやがて交わる画像を発見し、びっくりするクレア。しかし、ジョンは明日の夜、惑星を通過すると断言し、クレアを落ち着かせる。だが、そんなクレアに向かってジャスティンは語り続ける。地球は邪魔よ。消えても嘆く必要ないわ…と。ジャスティンは惑星が近づくにつれて、なぜか心が軽くなる感覚を覚えていた。惑星が通過する夜、ジャスティン、クレア、ジョン、そしてレオの4人は、その瞬間が訪れるのをテラスで待ち構えていた。やがて、夜空覆い、青白く染め上がっていく巨大な惑星。その美しさにクレアとジョンは息を飲む。ジョンはクレアに、レオが作った道具を手渡し言った。これを胸に当てて、輪を惑星に合わせるんだ。5分後には小さくなる。そして5分後。惑星に大気を奪われ、呼吸が荒くなるクレアの視界には、確実に小さくなっていく惑星の姿があった。しかし…と簡単に説明するとこんな感じで、冒頭から圧倒的映像美に飲み込まれて例えようのない美しさに魂を持っていかれるようである。これ冒頭のダンストがスローモーションの中でポージングするのはオフィーリア(ジョン・エヴェレット・ミレー)のグラマラスすぎるオフィーリアと重なってるのは偶然だろうか…。

なんだろう…退廃美と言うものか、登場人物の美貌だったり、憂鬱などが堪らなく、轟音と静寂の境を開いた傑作である。クルド人監督でものすごく素晴らしい作品を撮り続ける好きな監督がいるのだが、 バフマン・ゴバディの作品にはほとんどの全てに動物が出演する。邦題に限っては(原題もそうなのかもしれないが)動物の名前がつく。例えば「酔っ払った馬の時間」「ペルシャ猫を誰も知らない」「亀も空を飛ぶ」「サイの季節」などである。このトリアーの「メランコリア」にも馬と言う動物が現れる。彼の前作の作品「アンチクライスト」では狐、鹿、鴉などが出てくる。そして何よりもタルコフスキーの「惑星ソラリス」にインスパイアされているような映画では前作同様にこの作品もそうである。

それにしても自分の鬱のリハビリのために「メランコリア」を監督したと言う彼の話を聞くと変わらずにおかしな人だなと思う(褒めている)。映画を撮る目的が深刻な鬱に悩まされている自分のためのリハビリテーションなのだから。そういえばこの作品の結婚式場での食事のシーンで、ジョン・ハート演じる男がスプーンをタキシードの胸ポケットにしまってスプーンがないぞとウェイターに話す場面があるのだが、後の「インフォマニアック」でレストランのテーブルの下でスプーンを使って〇〇をするシーンが思い出される。それにしても冒頭のパーティーでのディナーの場面から一気に不安の空気が満ちて緊張感が増す演出は最高に面白い出だしである。これに心を掴まれる観客は映画に対しての構えが集中から夢中へと切り替わる。何が言いたいかと言うと、集中するのは疲れるが、夢中になってみれば一切疲れも感じずあっという間に見きれると言うことである。

余談だが、本作は当初ペネロペ・クルスが主演を務めるところだったらしいのだが、どうやらある経緯で降板したそうだ。そしてポールトーマスアンダーソンとメランコリアの話をした際にキルスティンがお勧めと言われたそうで抜擢したそうだが彼女自身うつ病の経験があるため、それも視野に入れたんじゃないかと思う。ジャスティンと言う名前はマルキ・ド・サドに由来しているのは間違いない。にしても似つかない姉妹をあえて選んだのは面白い発想だと思う。シャルロット・ゲンズブールとの相性が合ってるんだ合ってないんだかよくわからないのも良かった。長々と書いたが、映像美的には最高レベルに好みなのだが、ストーリーが退屈で多分監督の中では1番好きではない映画である。
ギョメ

ギョメの感想・評価

4.4
正常性バイアスというか、映画に出てる人があまりにイカれた行動してると勝手に常識的な方向で解釈してしまうな。あれも躁状態ってことなのか
しゅり

しゅりの感想・評価

3.9
これは...だいぶ良かった...やっぱりエグいけどこういうエグさは好きだな。

結婚式の章なげーな!なんの映画だったっけこれ?と思ったけど、地球滅亡をテーマにして、うつ病により心の内に絶望があるジャスティンと突如絶望と対峙することになる元々健康な心のクレアの様子を対比にしてるのかな?って思ったので、序盤でうつ病による絶望感をわりとしっかり描くことは必要だったのか〜と最終的に思った。

地球滅亡をテーマにした映画は結構ある気がするけどドワーーっとパニックになってるものが多い中でこのじわじわ嫌な感じで攻めてくるアプローチの仕方はラース・フォン・トリアーの個性だよなあ、、

なんとなく思ったのは「あー世界滅亡すればいいのに、そしたら自分のこの絶望感をみんな味わうことができるし、自分は逆に落ち着いていられるし、立場が逆転するのに」って鬱状態のラース・フォン・トリアーが想像したところから着想得たのかなって...まあ妄想ですけどね
クレアの役は演じてて絶対しんどいだろうけどちょっとやってみたくもあるな
>|