netfilms

アメリカ、家族のいる風景のnetfilmsのレビュー・感想・評価

アメリカ、家族のいる風景(2005年製作の映画)
4.2
 岩山に空いた2つの穴、早朝のユタ州の荒涼とした景色。西部劇『西部の怪人』の撮影は今日も午前中から始まろうとしているが、主人公のハワード・スペンス(サム・シェパード)の姿はトレーラー・ハウスにはない。ハワードは日の出のタイミングを待ち、馬に飛び乗りこの地を去る。悠然としたロング・ショット、やがて居住区に辿り着いたハワードは、その家の主人と衣服を取り替える。去勢された馬を置いて男は、滅多に来ない列車に飛び乗る。一方その頃撮影現場では助監督たちが慌てふためいていた。置き去りにされた2人の娼婦、テーブルの上に無造作に置かれた度数の高いアルコール、映画監督(ジョージ・ケネディ)は急遽、代役を立ててヒロインのスカーレット(マーリー・シェルトン)の相手をさせるが、演技に身が入らないと嘯く。社運を賭けた緊急事態、会社は私立探偵のサター(ティム・ロス)にハワード連れ戻しの命を出す。岩山に降り立つ一機のヘリ、サターは刑事そのものな嗅覚でトレーラー・ハウスの内部を嗅ぎつける。追っ手の追跡の手が伸びる中、列車を乗り継いだハワードはエルコ行きのバス「リオ・グランデ号」(何という名前!!)に飛び乗る。目的地を降り立ったハワードの前に現れたのは、彼を生み育てた実の母親(エヴァ・マリー・セイント)だった。30年ぶりに実家に帰った我が子を母親は誇らし気に思う。父親「ハワード・P・スペンス」の墓、母親の30年鑑にも及ぶスクラップ・ブック、自身の苦々しい歩みを追体験したハワードは母親の口から衝撃的な事実を知ることになる。

 84年の映画史に残る大傑作『パリ、テキサス』から実に20年、脚本家サム・シェパードと監督ヴィム・ヴェンダースが再びタッグを組んだ今作は、脚本家サム・シェパード自身が主役を買って出たばかりか、彼の生涯の伴侶だったドリーン(ジェシカ・ラング)を30年前の運命の恋人に設定する。すっかり落ち目になったかつての西部劇スターは、初めての主演西部劇『無法者』を撮ったモンタナ州ビュートの地へ赴く。70年代はまだかろうじてアメリカ映画の1ジャンルとして、西部劇が跋扈していた時代であり、「アメリカン・ドリーム」を夢見ていた若き俳優はこの地で、ファミレス「M&M」のウェイトレスに恋をする。朧げな記憶の中に滲む微かな青春時代、互いに見つめ合ったモノクロ写真、ネバダのカジノへ羽目を外し過ぎた男は自分探しの旅の終着地点としてビュートへ向かう。ファミレス「M&M」の門をくぐった男はたちまち青春時代の思いに浸る。だがそこで男は時が止まったかのように青い骨壺を持ったスカイ(サラ・ポーリー)と対峙する。ヴェンダース×シェパード・コンビは決して過去の凡庸な回想に向かわず、『無法者』のポスターのさり気ない1ショットに留める。自分探しの旅に出たハワードは、ビュートの地で計算違いの2人の血の通った後継者たちと視線を交わす。Tボーン・バネット作曲のブルースを場末のクラブで弾き語るアール(ガブリエル・マン)の姿、それを見守るドリーンと再会を果たすハワードの姿は何度観ても涙腺が緩む名場面である。その瞬間、失っていた過去は未来の行き先により書き換えられるが、ドリーンはロマンチストな前時代の俳優であるハワードの姿に戸惑いを隠せない。

 今作にはヴィム・ヴェンダースのアメリカ愛が強く滲む。ハワードがカジノで煽ったジン・ビームのロック、母親が息子を思いながら焼いたピーナッツ・バター味のクッキー、141号室のワイン色のベッドに眠る4Pの痴態、息子が弦をつま弾いた場末のBARのビルに刻まれた「bronx boungo」の文字、「HOTEL FINLAN」に現れた少女の片腕に大事そうに抱えられた骨壺、先住民族の手により唐突に撃ち抜かれパンクした父親の形見の車のリアタイア、「アラバマ通り417」では、アールが幻の父親の影を消そうと階上から自身の痕跡を捨て去る。呆然とした様子でハワードが昼夜を過ごすアールのソファー、道路に無造作に投げ入れられた家財道具だが、それでもなお対向車はすれ違えるほど広い道路、アパートの横には突然、黒い鉄塔がぬっと姿を現し、その先端にはアメリカ国旗が静かに風にたなびく奇跡のようなロケーション。大傑作『パリ、テキサス』同様に家族の再会に力点を置いたロード・ムーヴィーは、私生活でも夫婦だったサム・シェパードとジェシカ・ラングを用い、虚構と現実の間を軽々と超える。当て所なく歩いたハワードが早朝、ドリーンと再会する場面は2000年代屈指の名場面である。だがそこでもスポーツ・ジム内部から撮られた客観的なショットを挟むことで、ヴェンダースは自身の冷徹さを晒す。2人の子供を宿しながら残念ながら、サム・シェパードとジェシカ・ラングの夫婦生活は2009年に破綻したが、映画の中のフィクションのような現実はこれから先も永遠に色褪せない。享年73歳、筋萎縮性側索硬化症(ALS)でこの世を去ったサム・シェパード氏のご冥福をあらためて心よりお祈り申し上げます。
netfilms

netfilms