真田ピロシキ

ウェイトレス 〜おいしい人生のつくりかたの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

3.9
信頼の置けるFOXサーチライト。片田舎でウェイトレスとして働くパイ作りの名人 ジェナ。不幸な結婚生活を送る彼女は今の状況から逃げ出したくて賞金の出るパイ作りコンテストに参加したがっているが支配的な夫 アールが許さない。そんな中、望まぬ妊娠が発覚してしまい。

字面だけ見ると相当にヘヴィであるがどこか現実離れした登場人物やジェナの現実逃避的に行う新しいパイの考案シーンなどがあってトーンは明るい。ジェナは産婦人科医のポマター先生と不倫するのだけど、この不倫も背徳感のようなものは感じられなくて寧ろ健全な感じすらする。それはアールがクソだから当然というのもあるし、ジェナの同僚のベッキーも年寄りのボケかけた夫が嫌で店長と不倫しているように不倫を罪とは感じさせない。教科書的に不倫を断罪してない所が進んだメッセージを発信するFOXサーチライトらしく思える所。だがポマター先生には全面的に非があるので最終的にこの関係は終わる。この行為で訴えたかったのは不倫の肯定と言うより不幸な結婚を強いられる事の否定なのだろう。

登場人物は個性的で無愛想ながら意外と話は通じる店長、偏屈爺さんを装っているが親身なオーナー、キモい変態と言われながら情熱的すぎるアプローチが実る同僚ドーンの彼氏などファンタジーから出てきたよう。そんな優しい世界の中で異彩を放っているのがアール。特に金に困っているわけでもなさそうなのにジェマの稼ぎは取り上げて、車の所持は許さず行動を縛る。子供ができた事を知ったら「子供より俺を愛すると約束しろ」と言う異様に嫉妬心の強い男。当然のように暴力的でコイツだけサイコサスペンス映画の登場人物。「堕ろせと言いたいところだがお前が天国に行けなくなるからな」と言う政治性もゾッとする。コイツがいるので最後まで物語がどう転ぶか予想できなかったが案外あっさりした幕切れ。自分1人だと無理だったが2人になった今なら勇気が出せた。親は強しという事なのですかね。ややありきたりな気もしたが、ポマター先生とも別れて女1人の力で踏み出す姿はやはり正しく、10年以上経った今でも通用する映画だと思う。

ドーンを演じているエイドリアン・シェリーが監督兼脚本家。本作を作った後にトラブルで殺されたそうで、それを知ると暴力的な夫から離れて新しい人生を踏み出したラストに影が差して見えるが、後に女性映画製作者のための奨学金と補助金を与えるエイドリアン・シェリー財団が設立されたという事でこの映画の持つ意味は大きい。