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砂の器のmayaのレビュー・感想・評価

砂の器(1974年製作の映画)
5.0
三木巡査と千代吉の間に交わされた手紙の束に、地獄のようなこの世で一筋の光のような人の善意が弱者を掬い上げる美しさを見る。同じ巡査職が千代吉を棒で追い立て、幼い日の英良を崖から突き落とすのに、三木巡査は村の人々がらい病の感染を恐れて逃げていく中、千代吉を手ずから抱き起こして英良との最後の別れを助けてやる対比が、この人がどれほど善き人であったか、絶望の底を漂う親子にとってこれ以上ない蜘蛛の糸だったかを際立たせる。
だからこそ、この物語で刑事、ひいては観客が抱く疑問が「誰が殺したのか?」から「なぜ、殺したのか?」に切り替わる3分の2以降、殺人の理由を探してもわからず、「こんなに救いのある物語だったはずが、本当に、なぜ、なぜ殺したのか」と呆然とする。観終わった後、宙に投げ出されたような気持ちで、英良の語られることのない内面について考える。
英良の選択は理解も共感もできない。でも、それが「殺人者」なのだと思う。人間の持ちうる最も美しい魂を持ってしても、壊れてしまった器は、元に戻ることはない。悪意と悪運が積み重なった上の悲劇より、善意と愛があったにも関わらず行き着いてしまう悲劇の方が、切なく、かえって宿命的に感じる。

あと、これは先日トットちゃんを観ていて気づいたことなのだけど、語り手(本作の場合は刑事)の回想が、途中から神の視点で「語っている人が知らないはずの情景」に変わっている手法は、幻想的でかなり映画特有の表現方法のように思う。嘘のつき方としてとても美しく、物語りの手法としてドラマチックだと思う。
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