三隅炎雄

舞踏会の手帖の三隅炎雄のネタバレレビュー・内容・結末

舞踏会の手帖(1937年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

第二次世界大戦が始まる二年前の映画。暗い世相を寄せ付けない、恐ろしくもある湖の澄み切った絶景から始まるけれど、その湖を黒衣の女が船に乗ってやってくる。夫の墓から戻ったのだ。どんなに世界が美しくとも、死は常にそこにある。

出だしからデュヴィヴィエらしい霊的な空気に包まれている。机の手紙が風に落ちる。死者が遺した書きかけの手紙だ。それは誰に宛てたものか、男か女か、それとも...死んだ夫だけの秘密。その謎を出発点に主人公は現実から逃避するように甘美な過去の記憶へと吸い寄せられていく。
問題の舞踏会は1919年。第一次世界大戦が終わった翌年だ。主人公は、あのとき自分も世界も光り輝き幸せの絶頂だったよう思い出すのだが、それは修正され捏造された夢マボロシに過ぎない。映画の最初で既にそれは友人からちゃんと否定されている。困った人だな、という風に。舞踏会のイメージを見ながらラヴェル「ラ・ヴァルス」の幻影の舞踏会が頭に過る。

自分も他人も傷つける残酷な長い旅を経て、裕福な彼女は漸く自分が過酷な現実から目を逸らし生きていたのに気付く。映画に出てくる表現で言えば、彼女は幽霊として長い間生きてきた。いや、世の中の多くが現実に幻滅し目を逸して幽霊として生きてきた。そしていつの間にか映画の外の現実には政治の化け物たちが暴れまわっている。

現実を直視したことで主人公は新しい人生を踏み出せたのか。私にはそうではないように見える。あの青年は新しい幻影のようなもので、まさに対岸から彼女は「死」を連れて戻ってしまったのではないか。いや彼女が対岸に住み着いてしまったのかもれない。旅の最初の挿話、死んだ息子の幻影と暮らすフランソワーズ・ロゼーの話とこの映画の終わりは明らかに対になっている。あの不思議な吸いかけの煙草のカット。彼女はそれまで煙草を吸う人間として描かれていない。では誰が吸っていたのか。青年の死んだ父親か。舞踏会への扉が開かれ、修正された過去の幻影が再び画面に現れる。

TVシリーズ『キイハンター』には、この映画を利用したユニークなエピソードがある。第90話「殺し屋たちのクリスマスイブ」(1969)、同じオムニバス形式で『吸血鬼ゴケミドロ』の怪奇幻想派佐藤肇が監督した。
三隅炎雄

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