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チキンとプラム 〜あるバイオリン弾き、最後の夢〜のninjiroのレビュー・感想・評価

4.8
その音色にも、溜め息にも、煙草の煙にも、煮込んだチキンとプラムにも。

心は破れて初めてその魂の出口を見つける。
永遠に癒すことの叶わない心の瑕から沸々と想いは湧き出し絶えることを知らず、注ぐ宛てを見失った魂は、溜め息に乗って虚空を彷徨う。
人が産まれて生きる中で、共に生きる心を選ぶことはできない。
下ろしたての心が眼一杯に愛を溜め込んで、瞳から、口元から、零れるような輝きを放つように、そのままに一生を終えることも出来るかも知れないし、
何時しか激しく傷ついた心から想いを垂れ流しながら、溜め息の中に生きて、死ぬことを強いられるかも知れない。
永遠に叶わない恋、永遠に伝えられない愛、不均衡な愛の形、報われない想い、その意味を知らせることなく脈打ち生きる身体。
一体、何のために?

彼にとっては最早、死んでしまうことも、忘れ去られてしまうことも怖くはない。
その人生が苦痛に満ち溢れていたとしても、心から湧き出す想いが続く限り生きてはいける。
しかし想いの源泉が遂に枯れ果ててしまう時、それは生きる意味も、死ぬ意味すらも失う時。

いつか死ぬことを知りながら、この先死ぬことを決めながら、私たちは想いをあらゆる何かに乗せて生きて、時に色も形も持たぬ想いは結晶となって誰かに伝えられる。
その人生に意味など無いとは、誰にも言えない。
もしかして、それを美しい音色に乗せて多くの人の心を震わせることも出来れば、
例えばチキンとプラムの力を借りて、すぐ近くの人と心を通わせることも出来る。
そこに歓びを感じることこそが、ある人にとっては即ち生きる意味かも知れない。
例え叶わなくとも伝わらなくとも、その真摯な想いはただ在るだけで美しく尊い。

何も持たない私たちは、この胸の想いがまだ枯れていないことを確かめるために、今日も深い溜め息をついた後、
ヴァイオリンの代わりに煙草を指に挟んで、空に紫煙を燻らせる。
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