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男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花のninjiroのレビュー・感想・評価

4.4
お前がどんな風に吹かれたのか知らない。お前がどんな夢を見たのか知らない。通り過ぎた拍子にふと振り返って見たら、その背中越しに綺麗な月が重なって見える。俺は向き直して月を背負って鼻唄混じり、せめてお前の唄った歌に重なりゃいいやと、ああ消えてくれるないつ迄も、今夜、思い出ごと発つには気持ちのいい夜、脚が運べば何処にいたって感じられる、火照ったはずの頬の熱さも忘れさせる、俺はこの風が好きだ。
「堅気」という言葉の定義は色々なれど、多様性への理解が叫ばれ、凡ゆる立場に身を置く人を再定義しカテゴリー化を進めようとする昨今の時流に於いてはこの曖昧な言葉が示すものが何かという真の理解は益々難しくなった。かつてはあっち側の人、こっち側の人、ぐらいのザックリとした理解で済んでいたニュアンス、寅次郎、リリーが何故それぞれ別にさすらう運命にあるのかを知るには、観る人それぞれの感覚に任されるところが大きかった。あの人たちは何故一緒になれないの?子どもの頃の私は思わず口走った。茶の間で一緒にテレビ放送を観ていた婆さんは何の迷いもなく言った、二人とも男だからさ。
「男」という言葉本来の定義には当て嵌まらないニュアンスも、劇中何度も語られる「堅気」という言葉が示すものも、その一言で私には伝わった。そして何故「男はつらい」のかということも。
頭の重みを右手の掌に預ければ、ふっと広がる畳の匂い、俺はまた夢を見てたのさ、一緒に夢を見ていた頃の夢。独りにさ、なったらやっとあれは俺の夢だって独り言が言えるんだろう、お前にだけは幸せになってほしいって、零したこの笑顔だけは嘘じゃないって。ハイビスカスの大きな紅い花びらは野風に揺れて、鉢植えの小さな忘れな草よりもずっとお前に似合ってて、余計に熱に浮かされたあの幸せそうな笑顔の残り香を、ああその度につく溜息も絡まって、もたれかかった夢から覚めたらば、どうせいつものしんと冷たい寝床だと知りながら、何度でも能天気な夢を見てまた何度でも繰り返す。いつかまた、きっと逢えるよな。またきっと逢えるさ。
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