もっちゃん

椿三十郎のもっちゃんのレビュー・感想・評価

椿三十郎(1962年製作の映画)
4.0
黒澤明が描く「サムライ像」のすべてがここにある。のちにあらゆる剣豪映画(漫画)に受け継がれていくものである。

いわゆる剣豪・時代劇ものではあるが、不思議と暑苦しさ、血生臭さを感じないのは今作が剣豪ものの斬りあいシーンに物語の重点を置いていないからだろう。もちろん三十郎が一対多で切り結ぶシーンやラストの一瞬の剣さばきは見ものであるが、今作の見どころはほかにあると考える。

本作の見どころは三十郎の機転の良さ、軍師としての一面である。三十郎は侍然として勢いよく敵勢にかかていくことはしない。むしろ彼は飄々としながら、相手の裏をかくような作戦を立てることに長けている。それは作中でもあったように仲間うちでも「あいつは本当に侍か?」と疑われるほどである。

だが、それこそが黒澤監督が椿に込めた本当の意味での「サムライ像」もっと言えば「日本人像」であると思うのだ。奥方が述べるセリフ「あなたは抜き身の刀だわ」というセリフが今作の核となるキーワードである。ギラギラして触れれば、切れてしまいそうな三十郎はまさしく「抜き身の刀」であり、それはいらぬ戦闘をも引き起こしてしまうトリガーでもある。

三十郎は「抜き身の刀」という言葉に引っかかり、自らの存在に苦悩する。その苦悩する姿はまさしく戦前生まれで戦後を生き抜いた黒澤監督ならではの日本人観であり、当時の日本人の投影でもあったのではないか。そしてそれらが後世(井上雄彦の漫画『バガボンド』にも「抜き身の刀」というセリフが使われる)にも受け継がれていることに感動を覚える。