pika

フルスタリョフ、車を!のpikaのレビュー・感想・評価

フルスタリョフ、車を!(1998年製作の映画)
5.0
ファースト・ゲルマンが「神々のたそがれ」でラスト・ゲルマンが今作。
その順序だからだと思うが遺作から見て初期作から順を追って見てくると今作はテーマ的にも映画の構成や演出的にもゲルマン監督の集大成のような印象。「神々のたそがれ」だけ異質な存在感。

映画はあらすじを知った状態で初めて鑑賞するとストーリー展開を楽しむという面でつまらないことが多いかもしれないが、ゲルマンは、特に今作はラストまできっかり書かれているウィキペディアを見てしまったとしても全く損なうことなく楽しめてしまう。
シーンひとつひとつのパワーが強烈でただ一つのシーンだけを見ていても惹かれてしまう凄さに満ち溢れている。

「何を描いているのか」を頭で組み立てるために脳をフル回転して集中するが、次のシーンではまた最初からやり直しのような別次元へワープしたように切り替わるから脳内狂乱状態。
だからなのか、少しずつ少しずつそれらの濃厚なシーンが積み重なって映画の全体像へ近づいていく喜びは何ものにも変えがたい喜びがある。と言ってもよくわからないのだけれど。眠気は襲うし。

何故こんなにも凄いのか、この映画は1950年代のソ連に生きた人々にしか本当の意味で理解できないであろうその時代その場所の空気感をフィルムに焼き付けているような感じがして、リアリティとはまた違う、完璧に「映画」という作られたものなのにそこに存在しているという、相対するものがイコールになるような不可思議だけれどとても自然な存在に思える、言語化できない何にも似ていない初めての映画体験ができる。

ゲルマン監督のこの独特な映画の切り口は、取って付けたような臨場感ではない生々しさがあり、本物ではないけれど本物がないからこそ映画という虚構の中に本物を見せてしまう個性であって、唯一無二の誰にも真似できない凄さがある。
この時代この場所で生きた人々の混乱と不安を未来に世界に遺すような価値と言うか、この映画自体が説教垂れるでない実際に生きてきた人々の真隣に観客を置き、目の前に突きつけるような圧迫感と不穏さと言い知れぬ居心地の悪さこそに意味があるのではないか。

全シーン全カット気候や動物、風の流れさえも完璧に計算しつくされた(ような気さえする)素晴らしき映画芸術に感動する。
pika

pika