フルスタリョフ、車を!の作品情報・感想・評価

「フルスタリョフ、車を!」に投稿された感想・評価

Rick

Rickの感想・評価

3.1
無秩序で、猥雑、カオス空間の中で怒号が響き、口からいろんなものが飛び出る。全てが留まるということを知らず、ただただ無意味で汚らしい、よくわからない世界がぐちゃぐちゃと進行する。
途轍もない高予算でこんな前衛映画を作るロシアという国が心底恐ろしい。独裁者スターリンのそっくりさんであり権力志向のユダヤ人中年医師に訪れた悲劇、すなわちユダヤ人狩りを神経症的なカット割りと大胆不敵な長回し映像で描いた作品。

とにかく登場人物が無闇矢鱈に入り乱れ陰謀に次ぐ陰謀、嘘に嘘を重ねて何がなんだか分からなくなる辺りはポストモダン的で、最終的に全てのユダヤ人、あるいは全ての共産主義者が「悪」と全世界に向けて宣伝されてしまうという皮肉な結末。

閣下が死んだ後はそっくりさんである主人公がそれを受け継ぐ羽目となり、主人公を乗せた汽車が疾走し死んだ表情で外観を眺めながら突き進むラストの無常観ときたら、もう…。

モノクロ映像の重厚感はタル・ベーラを思わせ、疾走感のあるカッティングや即興的な演出はマーティン・スコセッシの諸作品にも通じるものがあり、全編が祝祭的なムード(悪い意味での)どんちゃん騒ぎぶりが凄まじい一作でもある。さながら終末観てんこ盛りといった感じ。

アレクセイ・ゲルマンはブラックジョークのつもりでこの映画を作ったに違いないが、現実の20世紀史もまたブラックジョークだという事実を本作は教えてくれる。そう考えると背筋が凍りそうになる映画。
netfilms

netfilmsの感想・評価

4.1
 映画はスターリン死去直前の1950年代の旧ソ連を舞台とする。主人公は首都モスクワの大病院に勤務する腕利きの名医で、1930年代の粛清を辛くも逃れた赤軍の将軍である。人間的にはかなりのトラブル・メイカーで家族と愛人の間を自由気ままに行き来している。自分の替え玉が現れ、KGBのスパイ絡みのジャーナリストにつけられたことから、男は危険を察知して逃げるが、すぐに将校たちに捕まってしまう。拷問を受け、死の恐怖が迫る中、彼は突然解放される。その裏には、瀕死のスターリンを何とか手術して治そうという政治的思惑がうずまいていた。ゲルマンは最初の2作で、第二次世界大戦に伴う1940年代の独ソ戦の時代を描いた。そして前作『我が友イワン・ラプシン』ではスターリンの大粛清前の平和だった時代を描く。それを受けて、16年のインターバルを経て完成した今作では、スターリンの時代が終わり、来たるべき次の時代の足音を描いている。ゲルマンはあえて本丸を描かずに、その出来事の周辺に漂う普通の人々の人間模様を描いて来たが、今作もその基本的テイストはまったく変わらない。スターリンと執行部の政治やユダヤ人の虐待そのものを描こうとはしていない。あくまで社会や政治に翻弄された一般人の目から見た旧ソ連を何の誇張もなしに絵描く。
 
 アレクセイ・ゲルマン史上最も難解かつ掴みどころのない作品と呼ばれ、あのスコセッシが「何が何だかさっぱりわからないが凄い」という賛辞を残した衝撃作。前作はカメラを意識せざるを得ないがゆえに、度々演者たちはカメラの方に目線を向けた。それでもゲルマンはお構いなしに芝居を続けた。それが16年を経た今作では、演者がカメラを見る場面が一度も出て来ない。より完璧により緻密に、人物の動線やカメラの動きには用意周到な計算をしている。そのルールが例外的に破られる場面が、ユダヤ人の少年が高らかに歌を歌う場面である。今作でも狭い空間に侵入するカメラや市電と並走する車や楽隊の演奏のパン撮影など、ゲルマン作品に通底するイメージが至る所に出て来る。愛する女の住居への侵入は、ゲルマン作品の醍醐味でもある。第一部のクライマックス前の主人公の愛の告白からは目が離せない。第二部の冒頭、生け捕られた主人公は口笛を吹く。その後、拷問の末辛くも釈放された主人公は、遠くの陸橋を走る汽車を眺める。クライマックスでも、この列車の到着と次の場所への移動が再び出て来る。ゲルマンの映画では、この列車の移動が旧ソ連の歴史を横断するかのように執拗に描かれる。
何が何だか、無秩序だぁ。あるショットが写真的に切り取る世界が孕む事象の同時性もさることながら、車をパンで追いながらフレームアウトした後に車の陰に隠れていた人にフォーカスが移りカメラはそのままその人を追うといった長回しがある。それは部屋の内外を問わず展開され、本来ならカットを割るような部分でもカメラが動きパンし次から次へと新たな対象を捉え常に脱中心化されている。そこでは口論や暴力が炸裂しそれらがワンショットの空間的同一性により強引に連結される。そんなわけで物語が組み上がっているとは言い難いため、時折シーンとシーンは前のショットから始まる祝祭的音楽でやはり強引につながれ展開されていく。その強引さでショットやシーンは物語的動線を持たず音と映像の塊としてぶつかってくる。よくわかんないけどすごい。

上述のやり方はイワン・ラプシン的なやり方を洗練というか推し進めたものに思われる。(イワン・ラプシンは物語に従属しがちだったためかいまいちだった)それ以前のものとは作風が異なる(当然と言えば当然だが)。正直こうなるのは予想できなかった。
McQ

McQの感想・評価

-
こ、こ、これはおこがましくてスコアなんてつけられない。

カンヌでは審査員のほとんどが途中退場してしまったとか笑

映像は終始わちゃわちゃ、やかましく、主要キャラじゃない人物がおれだおれだと次々割り込んでくる!笑

そして各々喋りたい事を喋って去っていく笑

な、なんだこれは!?

1653年、末期スターリン時代のロシアでの「医師団陰謀事件」が背景としてあるようだけど、、

その時代に生きた人々を描くにあたり、思い切り監督流にキャラをデフォルメした上で、台本なしで彼等を撮りました!、、的なノリが薄っすらと。

タイトルのセンスには脱帽!
げん

げんの感想・評価

-
圧倒的な魔力を全面に出してうごめき散らす映像に酔いしれながら、茫然と立ち尽くすしかなかった。
ako

akoの感想・評価

-
群像劇っぽい感じなのですが、情報が多すぎるようでいて少ないような、とりあえず私に関していうと、ストーリーはうっすらとしか分からなかったです。
そして、エグいし、疲れるし、あまりいい気持ちになる映画ではなかったです。
.
ただ、私、たぶん、6月くらいから、「映画観てる最中にも『うわあー。私、今、映画、観てる!』って感じになれる映画が観たい」と、よく思ってたし、たまに言ってたのですが、その欲望は十分に満たされたというか、吸いとられたようなそんな作品でした。
唾と煙と落下する動物たち。雪道の車から左→上→下→右と長回しで動く冒頭のカメラがすでに傑作を予感させて、スターリンの死というわかりやすい物語装置を用意しながら圧倒的な情報量で簡単に落とし所を作らない。意見バラバラの映画好きの方々がこれに関しては満場一致で名作扱いしている理由がわかりました。雪の降るタイミング、鳥の群れが現れるタイミングもすごい鮮やか。傘の開閉は最高です。またスクリーンで観たいです。
たぶん凄いいい映画だったんだと思うけど、(一部で上映後拍手起きてたし)でも陰謀事件の歴史を事前勉強せず観賞したのと、分かりやすいハリウッド映画ばかり見てる私には難解で理解出来なかった。観賞後ネタバレサイトのお世話にならないとちんぷんかんぷんだった。

会場はほぼ満席で混んでた。こんなにロシア映画好きがいるとはとちょっとビックリ。

1998年の作品なのに粗いモノクロ映像でその当時の雰囲気は凄い伝わって来た!
ただ、時代考証の結果だと思うけど、主人公の軍医がユダヤ人を保護していい事してるのに家でも職場でも横柄で高圧的でやたら唾吐くから嫌悪感を持ってしまった。
他の登場人物もボケたおばあちゃん、イライラしてる母親、意地悪な従姉妹、暴力的な秘密警察、ひどい目に合わされるだけのボイラー技師、意味不明な事を話す患者達、暴言ばかりの通行人、意味深だけどあんまりストーリーには関係無い負の感情の情報量が過多で142分見終わってグッタリしてしまった。
アレクセイ・ゲルマンという人の映画、「道中の点検」も「戦争のない20日間」も大爆睡をかましているので俺はもう生理レベルでこのリズムに合わないんだと思う。「フルスタリョフ」はそれでもまだ見れた方だが「道中の点検」なんてファーストショットの途中で寝て最後まで起きれなかったから…。

スターリン死亡前後を背景に結構ドタバタとグチャグチャ猥雑不潔な民衆の世界を描いたカーニバル的な映画に思うが本当になんでこんなに眠くなるのか不思議、その内容で。

ソビエト映画全般に眠くなる傾向はあると思うがソクーロフとかタルコフスキーとかああいう快眠系の眠さじゃないし。汚物描写とか見てるととても眠くなりそうもないんですがでも寝てしまうんだよ、唐突に。

ちゃんと見た人もわけがわからない映画と言っているので一時間ぐらいは寝た俺は輪をかけてわけがわからなかったが、わからないなりにスターリン死後の混沌としつつも開放感あふれる光景に感じ入るものはあった、とは一応書いておく(映画内の人々とたぶん同様に、俺もスターリンの死後にようやくしゃっきりと目が覚めたので)
>|