ぽん

ベニスに死すのぽんのネタバレレビュー・内容・結末

ベニスに死す(1971年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

若い頃に観たときは、美少年に恋をする老人のハナシとして美の対極にある老醜を見せつけられたなーぐらいの薄い感想しかなかった。
自分が主人公の年齢を(たぶん)越えてる今、再見するとなんだか胸が詰まる。
開巻すぐ、悪質な船頭の舟に乗ってしまって指示をガン無視された主人公の寄る辺なさは、老いていく身であり更に病に侵されるというその後の彼の運命を示唆している。自分の意思とは違うところへ連れて行かれてしまうという。

回想シーンでアッシェンバッハが語る砂時計の思い出話も興味深い。曰く、砂時計のクビレが細すぎて砂が落ちていくのが感じられず、最後の瞬間にきて突然あ、終わるって気づくんだみたいな。実際、彼の最期ってそんな感じで、それは案外いい終わり方じゃないかと思うのだけど。

堅物で完璧主義の彼は、そんな健全さは退屈だ真の芸術はモラルを越えたところにあるんだと仲間から批判される。晩年の彼の音楽はおそらくそのバランス重視が凡庸とみなされ不評を買ったのでしょう。
逃げるようにして静養にきたベニスで彼は完璧な美を体現する少年に出会う。美は努力で創造するものだと信じてきた彼は、友人が言っていた「美は努力を超えたところに自然に存在する」という事実を目の当たりにする。精神性の中にしかないと思っていた美が現実世界で出現してしまったのだ。

この友人アルフレードとの対話、芸術論がなかなか面白いんですよね。感性VS理性みたいな。
でも頭の固いアッシェンバッハは自論を曲げることはなかった。理屈の人だから理屈では負かされない。そんな彼を一瞬にしてユリイカー!状態にしちゃったのがタッジオというポーランド貴族の少年。演じるビョルン・アンドレセンのビジュが説得力あり過ぎ。
ルッキズムが問題視されている今の時代にこのテーマはちょっと怯むのですが、個人的には美は美として尊重していいと思っている。別に正義や善と同義ではないのでね。

1度はあの少年から離れなければと意思の力を振り絞ってリドを発った主人公だったが、諸事情で戻らざるを得なくなる。その運命のいたずらにニヤニヤ笑いが止まらないアッシェンバッハ。かわゆす。ここで完全にスイッチ入ったね。

そして彼は完全に壊れていく。圧倒的な美に吸い寄せられる己を制御できなくなる。路地から路地へ迷路のようなベニスの街を少年を追いかけて歩きまわるダーク・ボガートの凄み。ヘンな化粧してコレラが蔓延する不衛生な裏通りをさまよい、ふとオレ何やってるんだろみたいにヘナヘナ座り込んでハハハと泣き笑い。いやこんな凄いシーンあったんだって呆然となった。昔見たときにはぜんぜん気づけなかった。マーラーのアダージオもこんなキラーチューンだったとはと、いちいち鳥肌モノ。

最後、幻をみるようにタッジオの姿を目に焼き付けて事切れるアッシェンバッハ。髪の染料が汗で流れて黒い血のように見える。美に撃ち抜かれたって感じ。無残な死にも見えるが私は彼は幸せだったと思う。長年追い求めてきた美がそこにある、いつまでも見つめていたい、そんな実存を最後の瞬間まで見ていたのだから。タッジオの最後のポーズはアポロンに見えました。芸術の神ですね。
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