湯林檎

イリュージョニストの湯林檎のレビュー・感想・評価

イリュージョニスト(2010年製作の映画)
3.9
なんて寓意的でシニカルなアニメーションなんだろう。絵柄はセピア調の風刺画のような作風、会話による台詞はほとんどない他ストーリーの緩急は静かで穏やかだ。
派手な展開もなくどことなくノスタルジーを感じさせる良質な作品だった。

まず、1959年のヨーロッパ (スコットランド)はまさに歴史の変遷の変わり目となる時代であるため物語の舞台設定として打ってつけだ。その点製作陣の着眼点も優れていると思った。この頃はテレビの普及やロックミュージックの台頭など少しずつ私たちの生活にお馴染みの物が世に出始めてきた時だ。
この作品でもビートルズみたいな4人組バンドが主人公のマジシャン・タチシェフとライバル関係のように描かれている他、白黒テレビが店頭に売られているシーンもあったりとリアリティのある作風に思わずその時代にタイムスリップしたかのような気分になった。

⚠️ここから先はネタバレを含みますので未鑑賞の方は注意してください


徐々に廃れていく手品を生活の糧にして生きているタチシェフは高齢である上に先も長くない。一方アリスは出会った当初は貧しい田舎の娘だったがタチシェフと暮らしていくうちにおしゃれを覚え、男性と恋に落ちて大人のレディへと成長する。
タチシェフの生活が下り坂ならアリスの成長ぶりは上り坂。この対照的な2人の人生は人の一生の断片であるのと同時に歴史の変遷のメタファーのようにも思えた。アメリカのアニメ映画では恐らく観られないであろうシニカルな社会風刺を織り込んだ作品は流石フランス。
これは現に私たちが生きている21世紀だって新型が生まれては旧型は廃れていくか滅びていくのと同じだ。でも人の人生は一生同じことの連続ではないので変化を楽しみつつ後退の現実を受け入れて生きていく、その匙加減が大切なのだと思った。

観ている時よりも観終えた後の方が感動する不思議な作品だった。
湯林檎

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