櫻イミト

ルナの櫻イミトのレビュー・感想・評価

ルナ(1979年製作の映画)
3.5
ベルトルッチ監督が大作「1900年」(1976)の次に制作。映画好きで知られたデザイナー長沢節が著書の中でオールタイムベスト1に挙げ、タルコフスキー監督は「醜悪で、安っぽく、下品なゴミだ」と唾棄した。母と息子の近親相姦の要素が物議を醸した一本。音楽はエンニオ・モリコーネ。

突然の事故で夫を失った世界的オペラ歌手カテリーナ(ジル・クレイバーグ)は、思春期を迎えた息子ジョーを伴ってニューヨークから公演先のイタリアへ移り住む。仕事にかまけて息子の誕生日を忘れていた母親に背を向けたジョーは覚せい剤に手を染める。。。

タイトルの「ルナ」は月のこと。本作での月は“母親”のシンボルとして扱われ、映像でも月を絡めたショットがポイントになっていた。その意味を言葉で表せるほどにはまだ噛み砕けていない。本作全体についても同様だ。喪失→退行→立ち直りの過程を描いた親子の人間ドラマということは解る。

清濁併せ持つ映画を目指したのだと思われる。オープニングから唸らせられる隙の無い映像演出で完成度は高い。ただし根源的な性欲が描かれているので、観る人の価値観によって好き嫌いが大きく分かれるだろう。男性と女性とでは観方が変わるし、例えば本作は母と息子の物語だが、これが父と娘だったら成り立たないと思われる。

「1900年」という316分の大作の監督を務め、完成した映画がアメリカで配給から排除されたベルトルッチは心身ともに疲弊していた。本作には原点回帰の裏テーマがあったようだ。

ベルトルッチ監督インタビュー
~『ルナ』でぼくは、その主題のために、ありとあらゆる危険を冒して、とことんまで過去に身を沈めるよう余儀なくされた。その過去にはぼくの昔の映画も含まれていた。近親相姦的空想を主題にする映画は、自分の作品の引用、という行為がはらむ。暴力的なまでに自己愛的で、近親相姦的な行動を通過せざるを得ないのだ。

~今までのぼくの映画は精神分析の影響下で、文字通り無意識的欲求につき動かされてきたのだが、『ルナ』でぼくはカメラを、いわゆる原光景に向ける勇気を見出したのだ。

【原光景】(primal scene)
フロイトによる精神分析学の概念で,子どもが見た,あるいは回想したり想像した両親の性交の光景のこと。

本作の解題としてとても腑に落ちるインタビューだ。先日観た「君たちはどう生きるか」(2023)も映画として主旨が似ていると思ったが、宮崎監督はこのように言語化しないし出来ないだろう。

個人的に、観る映画のチョイスは清濁併せ呑むのがポリシーだ。感性もそのようでありたいし、そのことを改めて思い出させてくれる鑑賞となった。

※序盤に映画館で観ているマリリン・モンローの映画は「ナイアガラ」(1953)。
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