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汚れた血のtakのレビュー・感想・評価

汚れた血(1986年製作の映画)
4.1
レオス・カラックス監督作は苦手意識があった。アレックス三部作で唯一観ていなかったのが「汚れた血」。カラックスに苦手意識があるのは僕だけじゃないはず。ドリカムの歌にもこんな感じで出てくる。
♪今夜あたり観直してみよっかなぁ
 あなたの好きなカラックスも
 ジェリー・アンダースンも
きっと歌詞の彼女もそれ程好きではないのだろ。

結論。アレックス三部作の中でいちばん好きだ。それは、他2作が男女の話に終始しているのとは違って、ベースが犯罪映画であり、アレックスを中心にした人間関係の面白さがあるからだ。当時のエイズを前提にしたと思われる愛のない性交で感染する病気、ハレー彗星の接近による気温の上昇というSFぽい設定も面白い。しかしそれは製薬会社からウィルスを盗み出す物語のお膳立てでしかなく、ストーリー上で大きな影響はない。それよりもクセの強い登場人物たちの個性が際立っていて、次にどんな行動に出るのだろう、何を口にするのだろうと思うと目が離せない。

アレックスは、ジュリエット・ビノシュ演ずるアンナに恋してしまうのだが、妙に強がってみたり子供じみた行動をとってみたり。二人の夜の会話シーンは、気持ちを突きつけてくるアレックスをアンナがかわすやりとりが延々と続く。ちょっと凝ったフランス映画の会話は、詩的だったり哲学的な台詞を散りばめてきがち。カラックスの思わせぶりな台詞をここで散りばめてくるんだろうと思っていたが、ぜんぜん違う。発作で倒れたミシェル・ピコリを思って涙するジュリエット・ビノシュを、腹話術で笑わせて笑顔を取り戻そうとする。覗き魔が怖い彼女を向かいのホテルまで抱きかかえて連れて行き、さらに電話して話がしたい…いつまでこのシーンを引っ張るんだとじれったくて仕方ない。でも、涙を拭く紙の色がカット毎に変わり、そこから覗くジュリエットの表情がたまらなくいい。

彼を慕う少女リーズを演ずるジュリー・デルピーのまっすぐな思い。彼を仕事に勧誘する初老の男たち。荒っぽい言動が目立つミシェル・ピコリ、大仕事の前にめかしこむハンス・メイヤー。黒幕のアメリカ女。どのキャラクターもそれぞれの生き様を感じさせる。

さらに、映像の作りや構図が全然違う。背景の美しさが印象的だった「ポンヌフ」と違って、「汚れた血」はひたすらアップが多い。表情と台詞以外の情報を与えてくれない。それが不思議な没入感になり、僕はすごく引き込まれた。また、建物の壁に映る影が印象的。逆光で黒く染まる実像の隣に輪郭がはっきりする濃い影がアレックスの見えない表情を示してるみたい。他にも鏡やガラスに映った像の使い方がうまくて、映像が雄弁なのだ。

そしてデビッド・ボウイのModern Loveをバックに誰もいない街を走って踊るアレックス。それは何かを振り切ろうとしているかのように見えた。同じ曲を使った韓国映画「スウィング・キッズ」もカメラの横移動で踊る女性を映す。影響あるのかな。疾走するのはそれだけじゃない。バイクで疾走するジュリー・デルピー、そして何かを振り切るように滑走路を走り出すラストのジュリエット・ビノシュ。みんな何かに縛られて飛び立てない鳥たち。
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