激しく吹き荒れる風の中、主人公の一人である父が乗る馬車を、
老いた巨体で必死に引く馬の荘厳なモノクロ映像で始まるオープニング。
これがこの映画のクライマックスかもしれない。
荒々しくも神々しいこの馬はその後、ひっそりと沈黙し、
父も同じようにゆったりと力を失ってゆく。
「街から帰って来る」という事が大きな出来事だった、
と思う程、この映画には何もおこらない。
風が吹き荒れる荒野の一軒家。
父と娘の2人暮らし。
毎朝ひっそりとした家の扉を開けて
風の吹き荒れる中を井戸に水を汲みに行く娘。
食事は茹でたジャガイモのみ。
父は右半身不随のようで左手だけで不器用に熱々のジャガイモの皮を剥く。
そして、少しだけ食べて残す。
日々この繰り返し。
ごくたまに人が訪れるが特に心を通わす訳でもない。
シンプルすぎるこの日常が隙の無い構図だけど、
あまりにも長いカットで映しとられる。
このシンプルな生活には希望も無いけど絶望も無いように見えるが、
ただでさえ何もないその生活の要素がやがて次々と無くなってゆき、
次第に絶望の影が濃くなってゆく。
この映画の凄い所はこの部分だと思う。
刺激は次第に通常になり、より強い刺激を欲しくなる。
それがブロックバスター系の映画とするならば、
この映画は何もないところから更に要素を引いてゆき、
微かに輝く何かをほんのり浮かび上がらせる。
けして面白い映画でもないけど、
精神的にプチ断食のような貴重な体験。