この映画の見所は結構あります。
なんでもありのミュージカル演出の楽しさ、母親役のレーヴァティーさんの表情の素晴らしさ、脚本の上手さ、etc.。
でも、肝心のアンジャリちゃんが知的障害のはずなのに年齢相応以上の判断力や運動能力があって、見ていても何が問題なのかピンと来ないんですよね。
強いて言えば時々パニックを起こすこと?
でも、周囲は別のことに反応して困惑しているようで、なんか、障がいの実態と、周囲の反応と提示される解決方法が全くかみ合っていない感じで、それに対して作っている人は無自覚だという感じがする。
理念としてはわからないでもないけれど、実際それやっても全く何も解決しないのでは?としか思えず、凄く薄っぺらな映画に見えます。
絵に書いたようなだめな人権映画の典型で、マニ・ラトナム監督の黒歴史だと思いますが、なんでこんなの一般公開できたのか、今思うと不思議です。
マニ・ラトナムの出世作として見ておいた方がいい程度の映画だったら、映画祭公開で十分だったのでは?
レーヴァティーさんの母親の顔が見られるそのワンシーンだけ素晴らしかったので、個人的には劇場で見て得をしましたが、いくらおまけしてもこれ以上のスコアは無理な映画でした。
ブームだったからって、無制限にインド映画じゃなければ公開見合わせるような不思議な映画を無批判に大量公開したのが第一次インド映画ブームが終わってしまった一因だと思ったりします。
例えば『ミモラ〜心のままに』とか『DDLJ』など、普通の映画ファンなら引くような要素もある映画は、今だったら鳴り物入りで公開したりはしないはず。原因はタイトルじゃないよ。