つかれぐま

ミツバチのささやきのつかれぐまのレビュー・感想・評価

ミツバチのささやき(1973年製作の映画)
4.5
23/9/5@イオン多摩❸
#午前十時の映画祭

アナの黒い瞳とスペインの茫洋とした荒野が美しい。現実と虚構が混濁し、生と死の概念が解らない幼児時代。その記憶を呼び起こしてくれる不思議な作品。

アナの大きな瞳をカメラは丹念に追う。
学校の人体学習(これがまた不気味なシーン)でも、一番大事な体の部位は「眼」と習う。自分の眼でしっかり視たものだけを信じろ。人の意見に惑わされるな。という映画鑑賞の指南にも通じたテーマ。

某評論家が吹聴している悪影響か。
とかくスペイン内戦と絡めた政治文脈で語られがちだが、本作の本質はそこではないと感じた。これはある家族が遭った悲劇を乗り越える話であり「そのための」優しき創作ではないかと。以下ネタバレ、かつ観た方の感想をスポイルする可能性があるので、閲覧注意。

★★★

映画「フランケンシュタイン」が村にやって来るところから始まっているが、この劇中劇で起きたことが本作内でも起こる。少女が怪物に殺されたように、姉のイザベルも闖入者に殺されてしまう。これが姉妹の両親に漂う閉塞感の正体だ。作中ではイザベルがいたずらのように見せてはいるが、あれはアナによる記憶の書き換え。死というものが分かっていないアナは、以前二人で観た「フランケンシュタイン」そしてイザベルが「映画で起きることは全部ウソ」と言っていたことを思い出す。アナは現実で起きたことを映画「フランケンシュタイン」に置き換える妄想(いや創作か)を始める。本作のハイライトといういうべき、アナと逃亡兵らしき男とのシーンもアナの創作だろう。射殺された男が持っていた懐中時計は、彼が盗んだものか。

古井戸、毒キノコ、線路、炎。
これらはアナが「死」を学んでいく隠喩かな。

本作が難解なのは、時系列がシャッフル(イザベルの生前と死後が交互に)されている上に、死後のイザベルがある時は「霊体」ある時は「アナのイマジナリー」でも登場するからだ。シーンの繋ぎに暗転が多用されるのもこのため。そしてこの作りは、いたずらに観客を惑わせるためではなく「何が起きたか分かっていない」アナの心理描写であり、悲劇を信じたくない少女の気持ちに寄り添う優しさに他ならない。目を閉じて「私はアナ」と呼べば、いつでも逢える。そんなラストシーンが心に残る。

繰り返しになるが(本作に当時の独裁政権への批判が込められていることなど)予習せずに観たほうが絶対に良い。自分の眼に映るものだけで十分味わえるので、その眼を事前知識で曇らせるのは勿体ない。