ツクヨミ

ミツバチのささやきのツクヨミのレビュー・感想・評価

ミツバチのささやき(1973年製作の映画)
5.0
牧歌的で淡い光に包まれる風景と神聖さすら感じる映像美、一本の映画がどれほど人に影響を与えるかを描いた秀作。
"午前十時の映画祭"にて鑑賞、わりかし名作ーな感じで紹介されていることが多く気になっていた本作、映画館上映ということでめちゃくちゃ意気込んで見てみた。
まずオープニング、フルート?みたいなフワッとした旋律で子どもが描いたような落書きを眺めていく。初見では全くわからなかったが2回目以降見るとストーリー上の大事なファクターが掲示されており、さながら"ミッドサマー"のオープニングの一枚絵のようなテイストを感じた。そして映画を皆で見る落書きにズームインして"むかしむかし…"なモノローグから、スペインの小さな村に巡回上映がやってきたーな御伽噺の始まり始まり。
まー本作静かで繊細なリアリズムで見せていくのだが、マジで説明が少なすぎ問題。家族関係すら言葉では説明されず、本当に解釈を鑑賞者に委ねてくるタイプの映画だ。なので言葉ではなく映像で物語るスタイルが傑出し、いろんなメタファーから無限な解釈ができるのが魅力であろう。今回の"午前十時の映画祭"で評論家の町山智浩さんと監督が言うみたいにスペイン内戦と製作当時のスペイン政権風刺という裏テーマで見るのも確かに的をいているんだろうが、個人的にはそんな情報を入れずに映像が物語る要素を自ら解釈したいと思わせてくれる作品だ。
シンプルに言えば本作の結びは"一本の映画に取り憑かれた少女の物語"だと思う、巡回上映で見た"フランケンシュタイン"に衝撃と疑問を覚えたアナは姉妹に唆され怪物が実在するのだと探索を重ねていく。それもがっつりサンプリングされたジェームズホエール"フランケンシュタイン"のストーリーとリンクするが如く起こる事象でオマージュ的映画愛を披露する、理科の授業で生を学びつつフランケンの誕生とリンク.フランケンが少女を誤って殺した件とリンクするような事故のミスリードなど多岐に渡るリンクが素晴らしい。そしてそんなリンクからか本当に怪物がいると信じ込みつつ、裏切られ逆に思いを強くしてしまうアナの純真無垢さよ。ラストにかけての展開はその思い込みが作ったご褒美であろうしラストショットの神聖さ溢れるビジュアルはまさにアナにフランケンシュタインが乗り移ったかのようだった、子どもだからここまで信じることができるし本当に映画の影響を良い意味でも悪い意味でも受けてしまう。さながらスピルバーグの"フェイブルマンズ"以上に映画に取り憑かれた人の姿に共感し、映画という事象の凄さを再認識させられた。
また映像として本作は美しすぎた、クソ田舎の淡いビジュアルがずっと見ていたくなるほどうっとりさせられる。早朝や夕暮れの室内で窓越しの淡い光.ロングショットで線路や道を大きく見せる遠景の魅力.真っ暗な夜では日中とは全く異なり神聖さが現れる背景が最高にアートアートしていた。あとそんなビジュアルで構図を意識し左右対称+奥行きで見せるショットがたまにあり、そんなシンメトリックを維持しつつディゾルブする編集のセンスも素晴らしい、時代的にも同年代のトリュフォーやコッポラを想起させる美しいディゾルブに感服してしまう。そしてなんといっても美しすぎて吸い込まれそうな主人公アナの瞳なのよこの映画は、もはや世界一美しい瞳といっても良いぐらいだと思うしローアングルやクローズアップで見る彼女の瞳にマジで魅せられてしまった。表情はけっこう無表情なだけに瞳で語る唯一無二なアナ・トレントは絶対心の中にずっと居座ってしまうだろうな。
あと本当に考察の余地がありそうなアナの家族周りの描写もまた良い、ミツバチに取り憑かれ何か研究してばかりの父親.何か思いを秘めつつ手紙を描いては燃やす母親.アナとは対照的にちょっと大人に近づいていくイザベルなどなど多種多様な視点すら掲示されるのだ。なのでそんな家族の関わりもわりかし言葉じゃなく映像で語る仕様で素晴らしい、見ればみるほど味がある家族模様な気がして仕方ない。そして今作に影響を受けたと言われるデルトロの"パンズラビリンス"と宮崎駿の"となりのトトロ"要素もしっかり感じられた。心の奥底にずっとその純真無垢な瞳を輝かせてほしいくらいのアナの存在に心奪われた素敵な映画体験、個人的に大好きな少女の映画としても唯一無二で好きな作品になっていくだろう。
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