「チーズとうじ虫」
このショッキングな題名はイタリアの作家、カルロ・ギンズブルクの『チーズとうじ虫』に監督がインスピレーションを受けて名付けたんだとか。
癌におかされた母親を娘である加藤治代さんがビデオに収めたドキュメンタリー。重病を感じさせない自由闊達な母親が確実に訪れるその時まで、普段と変わらない日々を家族とともに過ごした記録。
個としての生は終焉を迎えるが、娘、またその孫へと生は引き継がれる。それは遺伝子にせよ記憶にせよ、残されたものに間違いなく引き継がれる。
この記録映像はその引き継ぎ行為がごく自然に映し出されていた。母親が動かしていた耕運機はポツンと置かれ、母親が弾いていた三味線は布を被り、手帳は空白を残したまま。でもいずれ誰かの手によって動かされる。
葬式で見た死は記憶として孫に引き継がれ、赤ん坊は記憶には残らなくても遺伝子が引き継がれる。
残された祖母は「死は怖くない」と言った。それはいずれ花は枯れ、種が出来、そしてまた新たな生命が誕生する、といった自然の法則を諦念では無く当たり前なこととして自身と重ねていたからなのかもしれない。
砂田麻美監督『エンディングノート』とはまた違う「死」の捉え方。人間だけが特別じゃない、人も植物も昆虫も皆同じなのだ、とこの映画を観てつくづく思った。