カタパルトスープレックス

あらくれのカタパルトスープレックスのレビュー・感想・評価

あらくれ(1957年製作の映画)
4.3
成瀬巳喜男監督作品の中で最も好きな作品のひとつ。前年の『流れる』の方が一般的な評価は高いですが、ボクはこっちのほうが好き。一般的に評価されていないのは、おそらく『あらくれ』が成人映画指定(18禁)されたからでしょう。

舞台は大正時代はじめ。第一次世界大戦ちょっと前。戦後の昭和を描くことが多かった成瀬巳喜男にとって珍しい設定です。

メインキャラクターは高峰秀子演じるお島。「女性の自立」を一貫したテーマとして描く成瀬巳喜男監督作品の登場人物の中で最強です。『晩菊』の杉村春子より強い。まず、農家の養女なのに算盤ができます。成瀬巳喜男監督作品の中で「しっかりしている」はつまり「金勘定ができる」です。そして、口も達者でケンカっ早い。「あらくれ」と言いますが、好き嫌いがはっきりして、言いたいことをはっきり言うだけです。自分を持つ。それも自立の一つなんじゃないでしょうか。しかし、高峰秀子演じるお島の場合は『晩菊』の杉村春子と違って「女の幸せ」もあったんじゃないかなあ。

高峰秀子はダラシない男に捨てられるたびに強くなります。しかも、これまで成瀬巳喜男監督作品に出てきた歴代ダメな男を見返すんですから凄い。

最初のダメ男は缶詰屋の鶴さん(上原謙)。妻の体が弱かった前妻が他界し、新しく娶ったのが若くて丈夫なお島でした。『めし』の上原謙はあまりいい夫ではありませんでしたが、『あらくれ』ではかなり悪い夫です。イジイジしていて、嫉妬深いくせに浮気性。浮気相手に手紙を書いているところでケンカ。上原謙の嫌な奴は『めし』からだいぶバージョンアップしています。当然ながら高峰秀子は家を出ます(出されます)。

次が家を出て身寄りのない高峰秀子が女中として身を寄せる旅館浜屋(森雅之)です。森雅之は『浮雲』で成瀬巳喜男監督作品史上最悪のダメ男でしたね。今回は物静かな田舎のインテリ。病弱気味な妻がありながら高峰秀子と浮気してしまうのは『浮雲』と同じですね!世間体を気にして高峰秀子を隠そうとします。森雅之は『浮雲』ほどは酷くないですが、今回もイジイジしたダメな奴です。

しかし、ここには父親(宮口精二)が高峰秀子を連れ帰りにきてしまいます。酌婦をやらされているのではないかと心配していたら、妻子持ちの森雅之とできててびっくり。宮口精二は前年の『流れる』でも芸者をやっている娘の父親役をやってましたが、その姿が今回とダブります。

三番目が小野田(加東大介)です。加東大介は成瀬巳喜男監督作品の常連ですが、色恋ざたに絡むのは今回が初めてではないでしょうか。『晩菊』でも杉村春子の仕事上のパートナーでしたしね。今回は二人で洋服屋をはじめます。『晩菊』の杉村春子は仕事のパートナーと男女の関係にはならないよなー。加東大介は高峰秀子に「あんたは、あたしがつきあった男の中で一番男ぶりが悪いわ」とひどい言われようですが、夫婦となります。高峰秀子は色々金策してお金を作ります。たいしたものです。ただ、今回の加東大介は怠け者で全く才覚がない。高峰秀子の才覚だけが頼りです。

最後の職人は黒澤映画のイメージが強いあの方です。成瀬巳喜男監督作品初登場です。「黒澤くんのところみたいに頑張って演技しなくていいから」と控えめな演技を要求されたそうです。

大正時代を再現したセットが素晴らしいです。風鈴屋、金魚屋に甘酒屋。小道具もとても凝っています。「縦の構図」やテンポのいい画面切り替えもすっかりこなれています。

それにしても残念なのが画質。これほど素晴らしい映画がレストレーションされていない。本当に残念なことです。