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アメリカン・ストーリーズ/食事・家族・哲学のnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.9
 土地への名残り惜しさを残しながら、海鳥たちが辺りを飛び交う様子を尋常ならざる時間を使いながらカメラがじっくりと据えた『家からの手紙』から12年、今度は逆にフェリー上からマンハッタンのビル群の様子を映し出す。何ともユーモア溢れる観光客=シャンタル・アケルマンの帰還である。祖国を捨て、かつてこの自由の地にやって来たユダヤ系移民たちにカメラは向けられる。老若男女の口から語られる苦労話やあの頃の思い出は彼らの暮らしを鮮明に映し出す。喪失感や絶望、そして新天地で繰り広げられる夢や今日の愛や昨日の愛のこと。マンハッタンのユダヤ系俳優たちによって紡がれる身振りは、ホロコーストから辛くも逃れたシャンタル・アケルマンの母親の想い出とも奇妙にオーバーラップする。ホロコーストを逃れたおじいちゃんたちの奇妙でほっこりするようなやりとり。それこそはポグロムから解放された彼らの悪夢を吹き飛ばす絶妙な身振りで、その些細でどこか牧歌的にも見える奇妙な応答はユダヤ人的なユーモアとなり、今日を生き抜く力ともなり得る。

 前半はユダヤ人のアンサンブル・プレイヤーの移民話の紹介で、後半は前半に紹介した俳優たちの寸劇という二部構成なのだが、彼らが話す証言は全てシャンタル・アケルマンの作り話というか、有り得たかもしれない妄想を演者たちに読ませているに過ぎない。カエル・ダントおよびイディッシュ語については『ノー・ホーム・ムーヴィー』の中でも台所での母親との応答の中にも見られたが、シャンタルはイディッシュ語のイントネーションや言語構造に入れ上げており、母親も幼い頃に同じ言葉に魅せられたことと無邪気な応答を繰り返していた。彼女の実際の参照元は、両親が同じくポーランド人のイディッシュ語作家アイザック・B・シンガーの『領地』であり、その他の作品群であって、今作の前半はドキュメンタリー的な手法を取るものの、構造的には彼女のオマージュ的な妄想の産物なのだ。後半になるにつれてどんどん夜が深まり、草むらの上の白い丸テーブルが置かれた野外レストランでは彼ら・彼女らの物語が始まる。透明な傘を差した4人の後ろにはうっかりマンハッタン橋が見え、老人は行くべき通りが見つけられないならここに留まるという。今作がジョン・マクティアナンの『ダイ・ハード』が撮られたのとほぼ同時期にニューヨークで撮られたとは俄かには信じられない。決して傑作とは言い難いが、味わい深い作品である。
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