ろく

インテリアのろくのネタバレレビュー・内容・結末

インテリア(1978年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

「家族なんだから」と言われることを疎ましく思っていたことはよくある(いや今でも疎ましいときがあるんだけどそれは少しだけ脱却できた。いや、諦めたのか)。

親とどう対応していいかわからなくなったのはいつからだろう。所詮は他人と言えるほど簡単ではないし、その一方で煩わしさに悩むときもあった。簡単に縁を切るわけでもないし、かといっていつまでも従順になっているわけでもない。子供のころは単純な反発でよかったしそれにも理由があったけど、今は漠然としていてなおかつ「つかず離れず」。こんなことを言うと冷淡だと思われるかもしれないけど、そう思ってしまうことが多々ある。理由があればまだましなんだけど。

そうだからだろうか、この映画は僕にはつらかった。親を認めながらも我儘を赦す長女、母親と真剣に向き合うがために心をすり減らす次女。そして親は「頼るものだから」と深く考えず甘えればいいのではと思っている三女。どの生き方も正解でないし不正解でもない。答えはないんだ。

でも悲劇は起きる。それを止められなかったのか。いや止められないだろう。僕?いや無理だ。もっと最悪にただの傍観者にしかなってないかもしれない。「親なんだろ」そんな意見には声を小さくして言う。

「それはそうだけど……」

ウディ・アレンはいつものコメディを一切排除し、残念な(それは作品が残念なのではない。観ている結末が残念なんだ)悲劇を作りあげた。でもその悲劇は本当だろうか。次女は悲しんでいながらもどこかほっとしてなかったか。最後三人が集まるシーンでは三女は泣いているのに次女は泣いてない。真剣に付き合っている次女がだ。

傍観者は感情を迸らせればいい。でも当事者はそれだけではかなわない。
ろく

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