にしやん

ラブンのにしやんのレビュー・感想・評価

ラブン(2003年製作の映画)
3.5
ヤスミン・アフマド監督の長編デビュー作やな。テレビ用の長編として作られてんな。オーキッド4部作(3部作とも言われる)の第1作と位置付けられる作品で、 次作から主役となる「オーキッド」が登場してるわ。主役はオーキッドの両親やねんけど、ヤスミン監督のご両親がモデルやと言われてて、実際にクアラルンプール近郊のご両親の家で撮影されたみたいやな。マレーシアの社会的、文化的な背景やとかヤスミン監督の作風やテーマについて、もっと理解を深めようと思て、監督の長編デビュー作からの鑑賞や。

​この作品やけどわしにとってはヤスミン監督作品のステートメントみたいな映画やったわ。監督の映画作品におけるテーマ性、人物​や​家族の描き方、ユーモアのセンス、ストーリーの運び、カメラワーク、カット割り、情景描写、セリフのセンスやらなんやかんやを理解する​んには、めちゃめちゃ良かったわ。この映画を観て、まずパッと思い浮かべたんは山田洋次や。作風ちょっと似てる気すんな。

この作品、他のヤスミン監督の作品と比べてあんまり評価は高ないみたいやけど、わしはそうでも無かったわ。ストーリーの運び方には多少ぎこちないなと思うとこもあったけど、テレビCM出身の監督らしく、一つ一つのシークエンスには、確かにキラリと光るもんがあるわ。タイトルの「ラブン」っちゅうは「目がかすむ」とか「鳥目」とかっていう意味やけど、オープニングのコバ(石を投げて空き缶に当てる的当てみたいな遊び)のシーンからして、タイトルの意図を充分示唆してるし、母と娘の関係性もさりげなく描けてるし、それに映画のスートリーとしても2つの意味での伏線にもなってて、中々含蓄があるわ。それと、中国系の建設業者が両親に娘の結婚を尋ねるシーンは秀逸やで。ユーモアを交えながら、マレーシアの民族、宗教、慣習なんかを一瞬に浮かび上がらせてるわな。多少の皮肉も混じってるところも深いわ。オカンが運転してクラクションを鳴らしながら暴走するシーンも笑えるし、オヤジ目線でボカした映像なんかも上手い。夫婦で一緒に風呂入るシーンとかもな。

内容としては、意外に挑戦的というか革新的やなとも思たな。まず、ストーリーにしたかてそうや。都会は悪いやつばっかりで犯罪は多いし、隣人同士に人情もあれへんけど、田舎は素朴で安全やとか、隣は親戚やから安心やとかといった多くのマレーシア国民が持つ「田舎(カンポン)」への幻想や思い込みを引っ繰り返すような、夫婦の田舎での体験を描いてるもんな。それに、マレー系のマレーシア映画というと、それまでは中国系が悪いやつとして描かれることが多かったみたいやけど、この映画では血の繋がったマレー系が悪いやつで、中国系の青年(エルビスっちゅう名前笑える)はええやつやしな。併せて、マレー系同士の隔たりみたいなもんも描いてるわな。そ​れになんと言うてもあの夫婦やろ。ストーリーとしてはどっちかというたら悲劇の部類になるんやろけど、完全に悲劇に転ばへんのは、ひとえにこの夫婦の明るさやな。それに仲の良さかて凄いしな。オーキッドの彼氏もビビッとったわ。一夫多妻制のマレーシアにしたら、ああいう夫婦の描き方も中々挑戦的なんとちゃうかな。

ラストシーンも非常に印象的や。都会も田舎も、善人も悪人も、富めるもんも貧しいもんもなく、老人も若者も、マレー系も中国系の分け隔てもなくみんなで一緒にっていう、ドビュッシーが流れるあの美しいシーンや。多分空想やろけど、監督の強い思いがしっかりと出てるわな。確かに「タレンタイム」に繋がってんな。この監督全くブレてへん。人を赦すということがいかに大切なんかを、わし等に痛切に訴えてるわ。

マレー系と中国系、都会と田舎、善意と悪意、寛容と不寛容、貧富、生と死など、本来見えていいはずのもんが見えへんということなんやろな。社会問題や人間同士の深刻な話であるにも関わらず、決して観たもんを陰気な気分にさせへんこの作風は、監督の根底に強い人間肯定的の気持ちがあるからやろ。なかなかの良作や。
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