曇天

日本のいちばん長い日の曇天のレビュー・感想・評価

日本のいちばん長い日(1967年製作の映画)
4.5
シンゴジに向けて観直したのでついでに感想しておきます。一応観た人向けです。
クーデターの中心人物は、陸軍省の椎崎と畑中、近衛師団の古賀と石原の4人。彼らはまず東部軍司令部のトップ田中司令官と近衛師団のトップ森師団長を引き入れる算段を立てる。この二つは東京において最強の兵力を持っていて、両方を押さえれば陸軍トップの阿南陸軍大臣をも引き入れることができると考えたそうです。そして二つの建物のちょうど中間地点に宮城があるので地理的にも有利だった(と池上彰が番組で言ってました)。

畑中が今の千代田区内を走り回って協力を得ようとするがうまく賛同が得られない。東部軍司令官には門前払いを食らい、駿河台の竹下中佐の自宅を訪ねても良い返事はもらえない。唯一の賛同者は陸軍省での同僚、井田くらいだ。この井田さんがまた可哀想で、畑中を信じて乗ってしまったばっかりに、その畑中に森師団長を殺されてニセの命令を作ったり、どんどんドツボにハマっていく。まあ史実でどこまで本心だったかわからんけれど、阿南陸相の最期に立ち会ったり彼は本作の第2の主人公格だと思う。それでも、森師団長以外の近衛連隊長が賛同して一個師団を従えてたというのは恐ろしい。
クーデター開始後は椎崎が光る。ニセ師団長命令を盾に上官を黙らせ決起を強行しようとする非情な様がどうしてもカッコいい。そんな彼もより強い命令によって命令を覆された瞬間常軌を逸する。激情の畑中と非情の椎崎と、対をなす2人の演出はわかりやすくて好感。

内閣による詔書案の審議会議では阿南陸相と米内海相が詔書の文言内容で揉めるなど、録音の予定時刻はどんどん遅れていく。やっとこさできた詔書案を宮中へ送って清書をさせるのだが、陛下に確認してもらったところ訂正が出て清書がさらに遅れる。放送日時を決める閣議では、阿南が放送を16日にしようと粘るが、鈴木首相は下村情報局総裁の14日予告案を採用して、阿南の言葉を遮るように15日の放送を決定。詔書に署名したのも阿南が最後だった。思えば阿南は、ポツダム宣言を受け入れるか決めるための2回目の御前会議を2日延ばすよう鈴木首相に申し入れていたし、陛下に対しても国体護持を訴え再交渉すべきとの意見を述べていた。

阿南の心情を考えるに、陸軍からの突き上げがあるから陸相として最後まで粘りの姿勢を見せたんだろう。もしかしたら彼の時間を稼ぐ行為は部下の起こすクーデターに猶予を与えるためのもので、見ようによっては密かに決起の成功を望んでいたと考えることもできる。決起が上手くいけば本土決戦。本土決戦を目して一番教育されてきたのがおそらく陸軍だから、負けるにしても名誉の死を遂げさせてやらなければ部下達に申し開きが立たなかったのかも。でも、そんな阿南から見ても早期終戦は避けられないとわかってしまった。この映画では、阿南はせめての償いとして部下に「クーデター未遂」をさせることは許した、という描き方としていると思った。クーデターに一切関わらない姿勢が「黙認」に見えたから。本当は本人としても本土決戦をやりたかっただろうし、やらせてやりたかったんだろうが、大人として陸軍の若者にそのままの日本を残すためには戦争継続断念しかなかったのだ。あの切腹に含まれてる意味は多い。そういう阿南を理解しながら早期終戦の主張を曲げなかった人として鈴木首相が描かれていて、二人の関係性には胸が締め付けられた。

失敗はしているが、クーデターの成功条件は宮城(天皇)を兵力で押さえつつ、玉音放送を阻止すること。一か八か兵力が足りなくなっても玉音盤さえ押さえてしまえば少なくとも終戦は遅れたはず。悪ければ本土決戦、北海道がソ連領なんてことも。本当にどう転がってもおかしくない事件だったんだな。井田の言葉で「世の中の人も苦い笑いで見過ごしてくれるだろう」とか言ってますが、終戦が8月15日じゃなかったかもしれないとか戦後がもっと悪くなったかもしれないと考えると、軽く笑って見過ごせないものがありますなあ。でも決起メンバーを教育したのは大日本帝国であって彼らは全体主義の犠牲者でもあるわけです。彼らだけを悪者扱いするのは間違いで、なんとも評価の難しい事件です。

宮内省と天皇の居場所の位置関係がわかりづらかったが、多分宮城ひとつとっても相当広いんだろうな。序盤はとりあえず近衛兵に門だけ守らせてたんだろう。近衛師団と連絡を取らず個別に動いた横浜警備隊と児玉基地と厚木基地の活躍も彩りを加えてる。特に横浜警備隊の佐々木隊長の鬼の形相は忘れられない。
終戦後自害した東部軍の田中司令官は占拠された宮城に乗り込む際、兵を引き連れず3人くらいで入り込んでいましたが最初は周りに止められたそうです。ですが兵を引き連れると近衛師団と必ず戦闘になると踏んで少人数で進入したそうです。はー英断やわ。

こんな情報量の多い映画のレビューは初だ。色々端折りました。岡本監督の完璧主義的カット割りは僕が言わずもがな。演出で訴えかけてくるものは背景がわかっていればわかるけど、そうでないと何度か観ないとわからん。でもその時間をかける価値はある。…まあ他にも戦争映画はわんさとあるけどね。次は独立愚連隊シリーズかな。
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