もっちゃん

ぐるりのこと。のもっちゃんのレビュー・感想・評価

ぐるりのこと。(2008年製作の映画)
4.7
久々に大好きな映画に出会った気がする。早く次の作品が見たいと思える監督。心の底から愛おしいと思える作品。

すごくなんでもないことなのに好きになれるのは何でだろう。一つの夫婦の10年を覗き見ただけなのに、見た後に妙な幸福感、満足感を得られるのはなぜだろう。他の人にはできない橋口監督だけの演出が光る。

非常にユーモアたっぷりで腹を抱えて笑えるシークエンスがあるかと思えば(序盤バナナの件なんか特に)、底抜けに残酷なシークエンスもある。ソフトとハードのバランスが絶妙。人間の両面を見事に描けている。しかも「笑い」がわざとらしくなく、またこれが好感を持てる。

法廷画家という職業を選んだのには大きな意味があるだろう。普段隠している人間の最も暗い部分を見せつけられるのが法廷という場だ。殺人鬼、詐欺師など様々な罪人たちが本音をぶつける場。鋭い観察眼を必要とする画家は彼らを見る。そして一歩離れた目線から洞察する。

法廷画家という職業柄以前に、どこか感情の読めないカナオは傷心の妻にあえて慰めの言葉をかけることはしない。ただ、真理を告げるカナオに妻は不信感に陥る。真理は必ずしも最良とは限らない。「人の心なんて誰にも分からない」が、理解しようとすることをやめてしまうともう何も残されないのだから。

「逃げる」とは何だろうか。辛い時に、涙を流すことは「逃げる」ことになるのだろうか。心の奥にしまって蓋をすることは「逃げる」ことになるのだろうか。「逃げる」ことは悪いことだろうか。
「平気で生きる。生きるの技術」忘れがたく、悲しいことに向き合い、抱えて生きていくのは確かに大事なことだが、心が持たなくなることはある。そんな時に「逃げる」のは決して不正解ではないと思う。生きるのは難しい。だからいろんな「技術」が必要だ。

終盤、完成した天井の下で二人は優しい日差しに揺られながら、同じ方向を見つめる。余白たっぷりの画面の中で、二人の目線はシンクロする。笑い声とともにフェードアウトする。最高のシークエンス。