せんきち

ゼア・ウィル・ビー・ブラッドのせんきちのレビュー・感想・評価

3.7
19世紀末から20世紀にかけて、石油屋として石油にとり付かれた男、プレインビュー(ダニエル・デイ・ルイス)の栄光と破滅の物語。


PTA作品としては異例なまでに女性が出てこない。PTA作品のテーマであったSEXも本作には無縁だ。カリフォルニアの石油採掘所が舞台なのでひたすら荒野で場面展開に乏しく彩りや華やかさは全くない。しかも、全編を通して緊張感を煽る音楽がかかる。娯楽映画を求める人には全くお勧めできない作品だ。何故こんな作品にしたのか?石油王の栄光と破滅の物語なら、いくらでも豪華絢爛にできるだろうに。


考えてみるに、ある種の一人称映画なのだ。彩りも華やかさもない画面は誰も信用しないプレインビューから視える“世界”なのだ。「家族しか信用しない」と公言しながら、その家族すら切り捨てていくプレインビューの荒涼とした心象風景が映し出されている。

たった一人、恐らく唯一愛情を持って接したであろう息子HWも彼から離れていく。父を尊敬しつつ自立を望む息子に対し、彼は口汚く罵り、致命的な言葉を放つ。息子との断絶を描くクライマックスシーン。ここでようやく彼のキャラクターが分かった様な気がする。他者との関係を恐怖と支配でしか構築できない男なのだ。自立を望む息子に放つ罵倒は意訳すれば「俺を捨てないでくれ」だ。彼の悲痛な叫びは通じない。

息子が離れた後、ラストに訪れるのは石油採掘時代から関わった似非牧師イーライ(義理の弟)だ。最後に自分に残ったのが、このつまらない男である絶望!映画はプレインビューがイーライを撲殺して終わる。流れる血は毒々しく黒い。タイトルであるbloodは“石油”の暗喩だろう。

PTA作品としてSEXがない訳も分かった。他者とのコミュニケーションのとれない男の物語なのだ。コミュニケーションの一形態であるSEX描写は不要だ。

映画を観て思い出したのがジム・ジョーンズの話。カルト教団「人民寺院」の教祖であった彼は恐怖と支配でしか人間関係を作れない人間だった。教祖になる前、数少ない友人が彼から離れようとした時、彼は猟銃を持って「行くな!」と叫んだという。

『ブギーナイツ』『マグノリア』を期待する人には勧められない映画だ。割り切れない何かが残る作品である。

もう一度観るなら吹き替え版で観たい。ダニエル・デイ・ルイスの怪演が凄まじいので、吹き替えの出来によってはより面白くなりそう。吹き替えのハードル高そうだけど。
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