maya

ノーボーイズ,ノークライのmayaのレビュー・感想・評価

ノーボーイズ,ノークライ(2009年製作の映画)
4.7
こんなに人の痛みと孤独と哀しみに寄り添うキラキラした夏の作品があったなんて。日韓合作の大正解すぎる。社会から搾取され続ける二人が出会って「アジアの純真」を歌う以上の奇跡と平和があるだろうか。韓国人と日本人の間にある歴史的な関係性の問題についても、全く言及していないようで、作品内ではことばは基本的に韓国語に寄せて話される(韓国語を亨が勉強しているなど)ことで、ちゃんと意識されていると感じました。

渡辺あや先生の作品の根底にある「世界は広いんだよ、君は美しいよ、愛しいよ、辛いことを寂しく押し殺さないで叫んでいいんだよ」というメッセージにいったいどれほどの人が救われただろう。椎名林檎の「孤独のあかつき」は渡辺先生が作詞されてるのだけど、もう絶対本作と合わせて聞いてほしい。この作品全体を覆う優しい眼差しがめちゃくちゃ理解できます。

「人魚姫」については、近々公開予定のピクサー「LUCA」でも使われているけど、もともとアンデルセンが同性愛者で、女性と結婚した親友への片想いが題材で、アメリカとかだとかなりはっきりとしたクィアやLGBTQのシンボルとして用いられるので、恐らく亨とヒョングの間にあった感情も、広義だけどぼやかす必要のない「愛」で間違い無いんじゃないだろうかと思っている。クライマックスに、本筋に全く関係ないのにホテルオークラの結婚式が挟まるのは、同性愛を題材とした映画でかならず「家族や結婚という社会システムのイメージ」(幸せな家族の看板とか)を入れる手法と重なるし、ヒョングがカラオケでMaria歌ってるのはどう考えてもちゃんと選曲されてるし、最後にわざわざ「恋じゃないしな」って入れたのは、反語表現に近いんじゃないかと解釈してます。(個人的には、自分の性自認をバシッと理解するタイプばかりではないと思っているので、「なんだったんだろうな、恋じゃねえしな」はめちゃくちゃわかる)。あと、BLは体の関係ありき、みたいなのばっかじゃなくて、こういう心のふれあいを中心に持ってくるものをほんとはちゃんと作って欲しい。同性愛表象が、ブロマンスか性的消費のほぼ2択によってしまってて、「同性同士の恋である」ことをメインマターに持ってこないと書けない状況は、2021年時点での課題だと思う。その点でも本作はかなり先進的だったとは思うんだけど...。

2009年は、今振り返れば今よりずっとあらゆるマイノリティに対して信じられないほど生きづらい世界だった。10年後は今を振り返って同じように思うのだろうが、そんな時代にこの作品が生まれたことで救われた人は沢山いたと思うし、2021年に初めて観た私もものすごく救われた。映画はやはり現実と地続きだし、社会が見捨てたり排除したものを掬い取って肯定する力があるのだと実感しました。

あと本筋ではないが、「ヤクザと家族」で描かれてたヤクザは、エモかったが明らかに美化されていて、本質はおそらく本作の方が近いと思う。非合法な生業で家族形態という閉じられたマッチョな世界が陰湿にならない方が不自然だし、行き場のなくなった子供を拾って汚い仕事をさせることに、愛があるはずがない。ヤクザがまだ厳しく取り締まられる前の時代の、リアルなヤクザ像を忘れてはいけない。暴力団の本質は本作の親子が体現するように、姑息で邪悪なのだと思う。
maya

maya