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さらば、わが愛 覇王別姫のNORAのレビュー・感想・評価

さらば、わが愛 覇王別姫(1993年製作の映画)
5.0
この世のものとは思えぬレスリー・チャンの美しさに酔いしれる3時間。もちろんお顔自体もめちゃくちゃ綺麗なんだが、何よりも表情から手付きにいたるまで、仕草ひとつひとつが魅惑的で色っぽい、艶めかしいことこの上ない(幼少期を演じた子役の演技も素晴らしい!)。激動の中国現代史を概観する大作ではあるが、基本構造は主人公と相思相愛の彼ピとライバル(嫁だったり偉い人だったり元弟子だったり)との三角関係。有り体に言えば痴話喧嘩。互いに相手の顔にメイクをするシーンとか傷ペロペロとか元弟子に役柄乗っ取られる件(二人並んだ虞姫の間で葛藤する覇王という構図だけでこの映画を観る価値がある)とか、「んもう、監督ったら分かってるんだからぁ~(はぁと)」的ご褒美シーンが湯水のごとくぶち撒けられる。蝶衣が石頭の嫁にガキっぽい嫌がらせするところとか、少女漫画かよと思いました(かわいい)。3時間の摂取(鑑賞)で少なくとも60時間は妄想が捗るので、コスパもよろしい。
それはともかく、本作は「芸」をめぐる物語である。主人公2人をはじめ登場人物たちは、いずれも自らの「芸」に殉じるがごとく、過酷な運命を辿っていく。ちょっと面白いのは、一見悪役っぽく登場する師匠や袁先生や日本軍の将校といった人びとが、いずれも(たとえ粗暴であり下衆であったとしても)「芸」に対しては誠実な態度を貫いた人間として描かれ、反面、「芸」を解しない国民党や共産党が、(歴史的には「正義」の側にいようとも)その真逆の存在として位置づけられている点である。このへんの匙加減は、香港と中国の合作映画であること、あるいは製作時期(天安門事件からまだ数年しか経っていない)的な要因も大きいのだろうか。少なくとも2022年現在では、このような作品は作れないだろう。
絵画のように綺羅びやかな装飾と背景、人形のように美しい俳優たち。しかし、この映画の画面は、常に埃っぽく、霞がかかったかのように陰鬱にぼやけている。それもあってか、物語そのものが白昼夢のように幻想的にゆらめく。あるいは、「美しいものを作り上げながら、それを自らの手で汚してしまう」この無常感、背反性は、中国という国自体がその長い歴史の中で常に抱え続けた、ある種の病理を体現していると邪推することもできそうだ。いずれにせよ本作は、中国のみならず世界映画史に残る傑作であることに疑いの余地はなく、映画における芸術を論じるにおいては、必ず振り返るべき一作と言える。
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