素晴らしい完成度、気品を感じる映画
激動する20世紀中国、その歴史の奔流に巻き込まれる芸と愛の物語。戦争、文化大革命、価値の転倒。それらは暴力的で苛烈であるはずなのに、この映画全体にはどこか静けさが漂う。それは、抗いようのない運命に身を委ねる者だけが持つ、ある種の諦念と気高さの静けさだ。
この“静”は、チャン・イーモウ作品にも通じる中国的美学といえる。『紅いコーリャン』『活きる』のように、社会に飲まれながらも、声を上げずに耐え、生きるということの悲しみと尊さが、この映画にも満ちている。子供時代の拷問にも似た苛烈な訓練のシーンは、すでにその静けさへの序章であった。
京劇『覇王別姫』の姫役を演じる程蝶衣にとって、芝居とは生きるための形式であり、逃げ場であり、やがて自我そのものになる。舞台の上のセリフは、現実の感情と不可分に交錯し、彼はついに「演じることなしには現実を受け止められない」存在へと変貌していく。
虚構に逃げることでしか現実に耐えられなかった男の人生は、哀しく、しかし同時に崇高でもある。この静的な美意識は、たとえば日本における“武士道”のそれとは本質的に異なる。武士道が自己の意志と死を結びつけた能動の美であるとすれば、本作の静けさは、抗い得ぬ大河に身を投じるような、受動のうちに光る誇りだ。声なきまま気高く沈む、一つの魂のかたちを描ききったこの映画は素晴らしい。