真田ピロシキ

亀は意外と速く泳ぐの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

亀は意外と速く泳ぐ(2005年製作の映画)
3.2
冒頭の美術や百段坂を林檎が転がり落ちるシーンのやたらポップな演出からシュールな映画を予想し苦手かもと思ったが退屈せずに通して見れたので悪くない。おかしな世界観でおかしなキャラクターが繰り広げる物語であるが、そこには一般の視聴者とリンクする感情があって分かる奴だけ分かれば良いという玄人染みた態度がなく、放送作家上がりの監督らしさを感じる。

夫が海外に単身赴任中のスズメは平凡を絵に描いたような生き方をしていて、それに対して生まれた時からの縁であるクジャクは特別でコンプレックスを抱いている。ある日偶然スパイ募集のシールを見かけて応募してみるとそこは平凡さこそが重宝される世界。そういう訳で晴れてスパイになったスズメだけれど、いざ意識して平凡たらんとすると抽選で当たらないように願ったり、安全運転しすぎててかえって怪しまれたりと難しいのがおかしい。あと平凡すぎて何の取り柄もないと卑下してたが、憧れの先輩だった加藤先輩には特別な存在だった事を知るも色んな意味で後の祭りなのは皮肉で、その時の心理・時間的な距離の演出も面白かった。スパイになっても緩い日常を送っていたスズメの周りに様々な異変が起きて非日常に身を置く事になりそうになるが、置いていかれたのは平凡な日常こそ貴重だから大切にしなよというメッセージか。その割にクジャク救出という非日常的な目標を予感させて終わったのはちょっと分からなかった。

スズメを演じる上野樹里は演技が苦手な人だったが、本作の作り物めいた作風にはピタッとマッチしてたと思う。ただのおじさんの中に隠れスパイの顔を一瞬垣間見させる岩松了がゆるゆるコメディにピリッと効くスパイス。それとしばらく気付かなかったがよく見たらまだ40歳少しの松重豊が出てて、目立たないよう美味すぎもしなければ不味過ぎもしないそこそこラーメンを作るラーメン屋というのが面白すぎる。一回だけの本気のラーメンを作った時の呟きはゴロー心のポエムの原型が聞こえる。