奏良

灰とダイヤモンドの奏良のレビュー・感想・評価

灰とダイヤモンド(1957年製作の映画)
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「抵抗三部作」3本目

たった一晩の出来事でマチェクという青年がどんな結末を迎えるか。この一晩は終戦日だが登場人物にとって特別な日であることがよくわかる。ゲリラの青年マチェクは当時の「今の若者」みたいな格好と態度で演じられている。戦争が終わった自由の中で彼の任務や恋愛への気持ちの浮つき様と年相応の葛藤は切なくも現実的だった。これまでの2作で追ってきた「抵抗」と比較すると明るく、絶望的な悲劇が起きるとは到底思えない前半部分。ただ積み上げられた幸せがこの後の展開を予期させてしまい虚しさがあった。逆さ吊りのキリストは印象的であの構図考えついたの天才すぎる。

「灰とダイヤモンド」はそれぞれ何を表してるか考えてた。国か人か政治か。滅んだものと決して滅ばないものの対比が作中でも至る所に散りばめられていて二項対立が顕著な作品であったように思う。最も悲劇的なマチェクは言うまでもなく、自由に生きていた。彼が灰であるとは言い切れない。彼の意思こそ終戦後に必要なダイヤモンドである気もする。彼1人が灰とダイヤモンドを兼ねているというのはどうでしょうか。どちらにせよ最後に残るべき意思を彼が持っているため、「と」は「かつ」って認識に落ち着いたってことでおしまい。
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