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野獣死すべしのnetfilmsのレビュー・感想・評価

野獣死すべし(1980年製作の映画)
4.0
 決して澄んでいない紺碧色した湖上でボートは、到着する小艇を今か今かと待ち構える。そこへ数艇のボートがモーターのうねりを上げながらやって来るのだ。港町ナポリの海は汚い。汚過ぎる。ドブのような匂いが立ち込めるかのようだ。キネカ大森主催による「第9回夏のホラー秘宝まつり2022」の目玉作品となるルチオ・フルチのギャング映画は、他の映画祭の参加作品のように2K4K映像によるデジタル・リマスターなど以ての外と言わんばかりにとにかく映像が汚いのだが、今作はかえって当時の汚い映像で観る方が雰囲気が伝わる。ご婦人の観客がいかにも眉を顰めそうな合言葉も最高な今作は、活気に満ちた港町を震撼させるような裏社会の仁義なき抗争を描き出す。ナポリと言えばサッカー・ファンにはディエゴ・マラドーナが成功を収めた記念すべき土地だが、後のダーティな所業のほとんどはこの地でギャングたちに教えられたのだと言う曰く付きの土地だ。密輸組織が拠点とする港町ナポリ。この地で巨万の富を築いた兄弟の弟ルカ(ファビオ・テスティ)は愛する妻と暮らし、一粒種の坊やと平和に暮らしていた。彼と巨万の富を築いた兄は競走馬を買うような成金だったが、地元では対抗する組織との縄張り争いが絶えないのだ。

 冒頭の10数分こそ平和な立ち上がりに見えたが、岸壁前で至近距離からショットガンで撃たれ、崖を転げ落ちる兄の死からルチオ・フルチの残酷な殺戮劇場はスタートする。すっかり手の汚れた男どもはおろか、女子供にも情け容赦ないフルチの殺し方はサディスティックで、正に「拷問」と言った印象だ。中でもアソコに入れて持って来た純度100%の上物で一度信じさせ、油断した隙に大量の混ぜ物入りの白い粉を用意し、それを組織に見破られた女の顔がバーナーで焼かれる描写(どんな描写!!)はフルチの真骨頂だ。他にも沸騰するお湯に放り込まれたり、脳味噌が吹っ飛んだりとこの手の映画のファンには堪らない映画的欲望の数々がスクリーン狭しと繰り広げられる。その中でルカの兄を筆頭とした町の有力者たちはある組織の人間により次々にショッキングな最期を迎えて行くのだ。アラン・ドロン主演で、ジャン=ピエール・メルヴィルが監督した『サムライ』あたりのいわゆる「フレンチ・フィルム・ノワール」の影響を感じさせる物語は、町の有力者たちが次々に葬られる裏に、ナポリの麻薬シンジケートを殲滅せんとする「フレンチ・コネクション」を仄暗い物語の影に忍ばせる。実際に本家のウィリアム・フリードキンによる『フレンチ・コネクション』に登場したマルセル・ボズフィの起用もファンには嬉しい。

 『野獣死すべし』と言えば村川透と松田優作が有名だが、2022年の夏はクロード・シャブロルの『野獣死すべし』とこのルチオ・フルチの『野獣死すべし』が同時に楽しめた象徴的な年として永遠に記憶に刻まれる。「火曜サスペンス劇場」を50倍に濃縮したような陰惨な暴力描写は、様々な制約や配慮により映画が去勢されるばかりの現代の映画を嘲笑うかのように一際鮮烈に映る。まぁとにかく映像は汚らしいことこの上ないが、当時のプログラム・ピクチュアの活気を、大写しになるスクリーンの前で楽しんで欲しい。ここに在るのは希釈される以前の映画が持つ独特でピュアな猥雑さだ。
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