トムヤムクン

ル・アーヴルの靴みがきのトムヤムクンのレビュー・感想・評価

ル・アーヴルの靴みがき(2011年製作の映画)
5.0
2021. 4 25
数年ぶりに鑑賞。前は気にしなかった聖書への言及。聖書に描かれるような市井の人々の生活に、突然来訪する他者。港には色々なものが、たとえ正規に登録されたものでなくともやってくる。
前は人々の優しさにいたく感動したが、彼らは単に優しいというのではなく、権力の抜け穴を探しだしたり、明らかな嘘で官僚を騙したりと、なかなかの狡猾さを持った人々として描かれる。他方で靴みがきマルクスと難民の少年を追い詰める警視モネもまた、非人間的な官僚機構の手先ではなく、自分が逮捕した犯人の未亡人を慰撫するなど、情感のある人物として描かれる。
現実では、他者を歓待するという困難は、この映画のいかにもなハッピーエンドのように上手くはいかない。監視はますます柔軟で抜け目がなくなり、助け合う隣人の姿を想像することは難しい。そもそも、ロンドンへと船で向かうイドリッサ少年の、希望に満ちているとは思えない眼差しを通じて、カウリスマキはそうしたリアルな困難を見据えているように思える。本作の後で、ミヒャエル・ハネケあたりの冷え切った閉塞感、底のない人間不信を味わってバランスを取るべきなのかもしれない。
それでも本作の幸福な結末を、ただの現実の困難のガス抜き、想像的解決に過ぎないと一蹴したくはない。宗教の寓話に描かれる救済は、現実の苦悩の表現としてリアルなのだ。この作品で、少年を助けようと監視のシステムを出し抜いた人々は、寓話に描かれる善行を生きている。

【過去のコメント】
全てが愛おしい作品。社会の底辺に住む人に対するカウリスマキの眼差しはどこまでも優しい。無条件で優しくありたいと願わずにはいられない。やや時代を感じさせるハードロックのライブシーンも大好きだ。
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