こたつむり

狼の時刻のこたつむりのレビュー・感想・評価

狼の時刻(1966年製作の映画)
3.8
情緒不安定にさせる傑作。

とても巧みな筆致で描かれた作品でした。
端的に言えば、不安に苛まれる画家とその妻の物語です。しかし、冒頭に差し込まれた“本作が虚構である”と強調した演出が示すように“物語としての真実”が曖昧なので、夫婦の心情にシンクロするが如く、次第に足元が不安定になる感覚に襲われるのです。

しかも、想像力を刺激するかのように。
あえて “描かないもの”が存在しますからね。描いていれば他愛のないものなのですが、空白だから其処に恐怖や畏怖という感情を託してしまうのです。その“描かないもの”の選択は見事なまでのセンスで「本作が白黒映像であることも同じ意味ではないか」なんて勘繰ってしまうほどでした。

また、“描かないもの”があるからこそ。
“描くもの”が際立つのであって、例えば、ある女性の肌の質感は現代技術で撮った映像よりも輪郭がはっきりとしていて、まるで香りが漂ってきそうなほどに五感を刺激してくるのですが、その現実を超えた現実感と幻想的な物語のギャップが不安定な感覚を助長し、逼迫した雰囲気に気付いた頃には物語世界に囚われているのです。

いやぁ。これは凄い映画ですよ。
「本作からインスピレーションを得た」と著名な監督さんが仰ったそうですが、うん。とても納得できる話です。本作にどっぷりと嵌ってしまうと現実と虚構と妄想と幻想の狭間が解らなくなって、ぐわんぐわんと揺さぶられて、体力ゲージはゼロに近くなるのですが、頭はどこか澄み渡っているのですね。そんなときに神は降りてくるのかもしれません。

それにしても、ベルイマン監督の作品は。
相変わらず文章にするのが難しいです。表層だけを撫でた文章ならば容易い気もしますが、それは未だ鑑賞していない人の楽しみを奪う行為ですし、たぶん本作の妙を伝えきれないと思うのです。また、頑張って言語化しても、鑑賞する立ち位置で感じ方も変わるでしょうからね。なかなか感覚を共有するのも難しいと思います。

例えば、本作においては。
事前にホラーとかスリラーとか伺っていましたが、そのカテゴリに括ると本作を的確に表現できない気がするのですよね。…とは言え、どのカテゴリに入れるのも難しそうなので…これは、“ベルイマン”というカテゴリを作るべきなのかも。
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