YasujiOshiba

金曜日のテレーザのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

金曜日のテレーザ(1941年製作の映画)
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DVD(イタリア映画コレクション『にがい米』)にて鑑賞。1930年代のデ・シーカは、舞台、映画、そしてラジオと喜劇役者として活躍してきたのだけど、イタリアが参戦した1940年ごろに転機が訪れる。戦争は始まっていたが、舞台も映画も何事もなかったかのように続いていた。そのときデ・シーカは、プッチーニのオペラの映画化『Manon Lescaut(マノン・レスコー)』のデ・グリュー役で酷評される。監督の演出に納得のゆかなかったデ・シーカは自分で監督する決意をしたという。

こうして、1940年に『Rose scarlatte (緋色の薔薇)』(共同監督 Giuseppe Amato)を監督、その後オファーが続き、同年には『Maddalena... zero in condotta(マッダーレーナ、素行が零点)』では脚本と出演も果たし、翌年やはり脚本・主演・監督の3役で撮ったのがこの『金曜日のテレーザ』だ。

『マッダレーナ』も『テレーザ』も、お転婆の女学生が主役の青春学園で、同時代の風俗を描くもの。そこには師匠のマリオ・カメリーニ(1895 –1981)のタッチが読み取れる。カメリーニといえば、庶民の生活が少しずつ豊かになり、階級を超えた恋愛が可能になってゆく時代の人間喜劇を、ホロリとさせながらも軽妙に描き出す名人だ。

そんなカメリーニの作品群は、豊かな暮らしの象徴として白い電話が小道具として頻繁に登場することから、「白い電話(telefoni bianchi)」のシリーズと呼ばれているようだ。この『テレーザ』でも、マットレス業で成功したブルジョワ一家の豪邸で、娘のリッリ(イラセマ・ディリアン)が白い電話が手にはしゃぐ姿が印象的。ついでに言えば、電動ホウキなんてのも登場して、使い方のわからない新しい召使いがお騒するシーンは、ベタだけど、大いに笑える。なにせ名優ヴィルジリオ・リエントのすっとぼけた演技が最高におもしろい。

原作はハンガリー映画の『Rézi Friday(金曜日のレジー)』(1938)。この時代のイタリア映画はしばしばハンガリーの喜劇を素材にしているらしいのだが、デ・シーカのこの作品もそうだ。

タイトルの「Tereza Venerdi」というのは、孤児のテレーザの本名なのだけど、Venerdì (金曜日)が姓になっているということは、親の名前がわからず、施設に預けられた曜日「金曜日」がその姓になっているということ。だから、「Venerdì」と呼ばれると彼女は恥ずかしそうにするわけなのだ。

その「金曜日のテレーザ」を演じたアドリアーナ・ベネッティは、この映画がデビュー。すぐに注目を浴び、ブラゼッティの『雲の中の散歩』(1943)ではジーノ・チェルヴィと共演するなど、無邪気で可愛らしい「婚約者」(Fidanzatina)を得意とするスターとなる。

忘れてはならないのがロレッタと名乗る踊り子を演じたアンナ・マニャーニの存在感。デ・シーカ演じる小児科医を骨抜きにしてお金を巻き上げる悪女なんだけれど、実は憎めない誠実な女性でもある。マニャーニにどんぴしゃの役所と言ってよいだろう。

音楽も良い。作曲はレンツォ・ロッセリーニ。言わずと知れたロベルト・ロッセリーニの弟だけど、じつはなかなかの音楽家なんだなと思わせてくれる出来栄え。

戦争中にもかかわらず、いやだからこそかもしれない、この映画は大成功を収め、デ・シーカにはすぐに自作の以来が舞い込んでくる。それが 『修道院のガリバルディ部隊兵』(1942)であり、ここで彼はその生涯2番目の伴侶となるマリア・メルカデルと出会うことになる。