道人

風立ちぬの道人のネタバレレビュー・内容・結末

風立ちぬ(2013年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

【2013.07.20 劇場鑑賞】

 『風立ちぬ』…宮崎駿監督作品を劇場で観るのは、ハウル以来ですね。たしかに、戦争の時代を生き、軍事にも深く関わった主人公を描きながら、「戦争と向き合うのを避けている」という評にも頷ける作品でしたが…嫌いにはにはなれないなぁ…。
 なんというか、子供の頃から宮崎監督作品に幸せや興奮を貰ってきて、ジブリ映画が何年かに一度の楽しみだった人間が、大人になってこの作品を観ることが出来た…なんだか「ご褒美」のような作品で…評価は甘くなってしまうかもしれません。

 二郎の意識が空に溶け込むカットとか、試作機の一団を率いて歩むシーンとか、カプローニの表情とか…かつての宮崎作品で印象的なシーンを髣髴とさせるし、飛行機がエンジンをかけられて力を漲らせ「胸」をぐわぁっと張るシーンとかね…宮崎監督のやわらかい、しなやかなメカ描写が好きな私にはたまらんかった。

 絵も魅力的でした。大正から昭和にかけての雰囲気がたまらない。あと煙草が美味しそうな映画で…(笑)。結核の奥さんの隣で一服するシーンには呆れたけど、煙草の火を分け合うシーンとか、同性でも艶のある場面になるから困る…二郎と本庄のことですけどね! 本庄さん二郎好き過ぎだろ(笑)。

 二郎はねー…最初の少年時代の寝顔からもう「清げな」風情でねー、虐められてた子を一本背負いで救ったりもするんたけど、大人になるにつれ、自分の「夢」を追うためには妥協もし、世を渡り、自分の愛する周囲の人達だけを見るようになっていく…ように感じられた変化がリアルというか。
 
 二郎はホント、宮崎監督の理想像…というか男の浪漫なのかなぁ。優れたセンス・才能、肝胆相照らす好敵手にして親友、理解ある上司・職場を含め「夢」を追うにふさわしい場所、尊敬する先達と「夢」を共有し啓示を受け、傍らには最愛の自立した女性、おまけに可愛い妹まで…。
 これだけ「持っている男」なんだけど、どこか異物感のある男なんだよなぁ、二郎は。達観しきった世捨て人でもないし…ちょっと『空の境界』で黒桐幹也に出会った時に感じた気持ちに近いというか…。「彼みたいに生きたいな」と思っても、決してそうはなれないことが分かってしまうような人物。
 ナウシカやパズーのように、「気高く、強く生きたい」と憧れを持って見る感じでもないし…不思議な主人公です。魅力的な人物ではあるんですけどね…震災での行動力には惚れ惚れするし…あれは、菜穂子(当時13歳くらい)だけでなくお手伝いのお絹さんとフラグが立つのもやむを得ない…(笑)。

 菜穂子は素晴らしかったなぁ…。快活な少女時代も、病んでからも、みんな美しかった。不謹慎ではありますが、病で床に伏せた人って、独特の美しさ、艶っぽさを放つ場合があると思うんですが、それを見事に表現していた作画で、瀧本美織さんの声も良かったです。高原病院のシーンなんて、最高。
 菜穂子さん、見る人によっては「男に都合のいい女」「男の浪漫の産物」とも捉えられるかもしれないなぁ…と思いつつも、好き。死期を悟って去るあたりは「ええ…そんなぁ…」と思うのだけれど、彼女らしいとも感じる。最初から永遠の別れが近くにあることを見据えての新婚生活とか辛すぎる…。

 一番涙腺が緩んだのは、ベタかもしれないけど二郎と菜穂子の静かな結婚式。上司の黒川家の豪邸ぶりに驚きつつも、渡り廊下を歩む菜穂子の儚げな美しさ(ちょっと高橋留美子先生の絵を髣髴とさせる)…、グッと来ました。今まで観てきた映画の中でも、特に心に残る結婚シーンとなりました。

 あと別格としてラスト、静かに空に舞い上がっていく無数の零戦のシーン…『紅の豚』で大好きだった、戦闘機乗り達が無言で空に旅立っていくシーンと繋がっているようで、胸が熱くなりました。生者と死者の世界の境界線、夢と現の境界線の描き方としても美しかったです。
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